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熊本地方裁判所 昭和39年(行ウ)7号 判決 1968年11月14日

原告 室原知幸 外一名

被告 熊本県収用委員会

訴訟代理人 斎藤健 外八名

主文

原告らの請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は「被告は、起業者建設大臣の筑後川綜合開発に伴う松原・下筌ダム建設事業およびこれに伴う付帯事業にかかる土地収用裁決申請事件について、昭和三九年三月一日付なした収用裁決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

第一  被告は、起業者建設大臣の筑後川綜合開発に伴う、松原、下筌ダム建設事業およびこれに伴う付帯事業にかかる土地収用裁決申請事件について、昭和三九年三月一日付で、別紙記載のとおり収用裁決をなした。

第二  原告室原是賢は、右収用裁決によつて収用された熊本県阿蘇郡小国町大字黒淵字天鶴五八二五番の一所在の山林を、所有者である原告室原知幸から昭和三九年二月一〇日贈与をうけ同土地の所有者となり同年三月一七日所有権移転登記をなした。

第三  右収用裁決には、次のような違法があり、取消さるべきである。

一  右収用裁決申請書に添付された土地調書、物件調書は、次のように、いずれも無効であるから、同調書の添付された申請は違法であり、かつ同調書によりなされた右収用裁決は違法で、取消されるべきである。

(一)  土地調書、物件調書の作成にあたつては、現地において実測に基づき、地積、構造、建坪その他の内容を確定すべきことが定められている(土地収用法第三七条)。そして、土地収用法第三五条で、起業者が同調書作成のため当該土地への立ち入りができることを認め、同法第一三条を準用して、土地占有者に立ち入りの受認義務を課し、同法第一四三条で右義務違反者に対しては罰則を設け、同法第三七条で右調書にはいずれも実測平面図の添付を義務づけていることからすると、土地収用法においては、右調書作成にあたつては、現地に立ち入り実測すべきことを要求しているものというべきである。

しかるに、右調書は、いずれも、現地に立ち入り実測することなく、航空写真、遠隔測量などの方法によつて作成されたものであるから、同調書はいずれも違法かつ無効である。

(二)  右調書は、いずれも、真実に反した粗雑なものである。

1、土地調書は、土地の境界、地積共真実とは著しく相違している。収用にかかる土地、殊に、字天鶴五八二五番の一およびその周辺の土地は、急峻な地形に雑木が繁茂し、その筆数、境界は同土地所有者その他一部の者が知るのみで周辺部落の住民さえ知らず、また、その実測地積と公簿面積、実測地形と字図地形は、いずれも甚だしく異るものであるにもかかわらず、起業者は、根拠のない推量に基づき右調書に、図面上の地積を記載し、地形樹種、林相などから全く恣意的に境界を記載したものであつて、事実と甚だしく相違するものである。

原告室原是賢において、

(1) 土地調書に記載された九州電力株式会社所有の送電線鉄塔設置に関する賃貸借の権利の存在は、同調書自体によると、収用地である字天鶴五八二五番の一および同字鳥穴五八二八番の一の地上に存在することとなつているが、同調書付属図面によると、右字鳥穴五八二八番の一および収用外の土地上に存在することになつている。かように、土地所有者および関係人に重大な利害を有する権利の存在について形式的に矛盾した内容を有する土地調書に基づいてなした裁決は違法である。

(2) 収用土地の境界が、起業者の根拠のない推量に基づいて判定されたため、収用土地実測合計三町四畝一四歩に対し誤差の合計は延べ約一町四反五畝歩に達しその誤差率は約四割八分となつている。

A、字天鶴五、八二五番の一の土地は、約一反五畝を字鳥穴五、八二八番の一に入れられ、約一反歩を字鳥穴五、八二八番の二に入れられ、若干の土地を字鳥穴五、八二九番に入れられ、実際の地積より、合計約二反五畝歩少なくなつている。

B、字鳥穴五、八二八番の一の土地は、約二反五畝を同字五、八二七番の三に入れられ、A、記載のように、字天鶴五、八二五番の一の約一反五畝を含み、延べ約四反歩の誤差で、実際の地積より約一反歩少なくなつている。

C、字鳥穴五、八二八番の二の土地は、約八畝を同字五、八二九番に入れられ、約七畝を同字五、八二七番の三に入れられ、A、記載のように、字天鶴五、八二五番の一の約一反歩を含み、約二反五畝の誤差で、実際の地積より約五畝少なくなつている。

D、字鳥穴五、八二七番の三の土地は、B、C、記載のとおりとなり、実際の地積より合計約三反二畝多くなつている。

E、字鳥穴五、八二九番の土地は、A、C、記載のようになつた結果実際の地積より合計約八畝多くなり、更に、字鳥穴五、八三〇番の一、同五、八三一番の一の二、同五、八三一番の一の一、同五、八三六番の一の四筆の土地を含み、その合計は約一反五畝となつており、実際の地積より約二反三畝多くなつている。

しかし、土地調書には実測地積を記載すべきであり、実測地積に基づいて裁決をなすべき土地収用法の趣旨によると、右のような誤差を有する土地調書は違法である。

2、物件調書には、次のように真実と反するところがある。

(1) 立木については、起業者推定の境界によつてみても、その数量は二割前後の相違がある。原告室原是賢の関係につき、字天鶴五八二五番の一地内には、その南東側に三〇年生の杉三二本が集団的に植えられているが、その記載を欠いている。

(2) 収用にかかる土地上に、補償の対象となるべき土地細目公告前に建築された家屋約三〇棟が存在していたが、内一〇棟を記載するのみで、爾余の家屋の記載を欠いている。

(3) 給水管、柵、電線など、傾斜面に曲折して存在するものの数量を長さで示しているが、その正確度は信頼することをえないし、その他建物以外の工作物の記載も実際と著しく相違している。

右のように、土地調書、物件調書はいずれも違法無効であつて、これら調書によつてなされた本件裁決も違法で取消さるべきである。

二  本件裁決は、被告の違法な審理手続に基づいてなされた違法なもので、取消さるべきである。

(一)  本件裁決申請は、その申請手続が違法の疑いの濃いため、被告は起業者に対し申請のやり直しを求めていたが、後日、受理後の審理手続において審理されることとして、申請後約六月を経て受理されたものである。しかしながら、審理手続においては、右申請手続の違法の点については全く審理されず不問に付されたまま裁決がなされたものである。

(二)  被告は、昭和三八年一一月二六日から数日間土地収用法第六五条第一項三号により現地調査を行なつた。しかし、同調査では、本件土地の傍を流れる津江川対岸の県道上或いは山林中から本件土地上を望遠したのみで、右法条に定める「現地について」行なわれていない。かような方法によつては、本件土地の地積、地上立木の数量、地上物件の種類、数量等を把握することは不可能でありまた右調査によつて事実被告は何ら右実態を把握していない。

被告は、前記第一記載のような起業者作成の土地調書、物件調書を不充分とし、更に、被告において物件の調査をなすことの必要を認めて調査に赴いたものであるから、土地所有者、関係人の協力がえられなかつたとしても、被告としては可能なあらゆる方法を用いて充分の調査をなすべきであつたにもかかわらず、これをなさないで、起業者作成の調書の域を出でない程度の調査をなしたにすぎなかつたものである。

(三)  被告は、昭和三八年二月二七、二八日松原、下筌ダム建設工事事務所第一出張所において、建設省が所持する本件土地および地上物件に関する諸資料の調査をなし右工事事務所長らから現地の状況並びに事業計画などにつき意見説明を聴取し、同年一二月二日熊本県庁内収用委員会室において起業者の補助職員である九州地方建設局用地部長、同河川部長および松原、下筌ダム建設工事事務所長ら数名から収用対象補償物件に関する意見説明を聴取した。右意見説明の聴取は、収用対象、補償対象物件に関する審理の重要事項についてなされるものであるから、土地所有者、関係人らを参加させて行なわれるべきであるにもかかわらず、いずれも非公開で、所有者、関係人らを参加させないで行なつた。これは、土地収用法第六二条、第六三条の審理公開の原則に違反し、かつ土地所有者、関係人の審理参加権を侵害した違法な手続であつて、このような意見聴取に基づいてなされた裁決は違法で、取消さるべきである。

(四)  被告は、昭和三九年一月審理続行中に、内閣法制局、建設省などを訪ねて審理の取扱いを打診し、同年一月三一日補償物件評価に関する鑑定を依頼し、同年二月二九日結審した。結審に先立ち、原告らは重要な意見の陳述を行なうことを前提として、証拠の申出(資料提出命令)を行なつているので、被告としては、結審にあたり原告らが意見の陳述を留保する旨の意見が陳述され、或いは原告らから補償の対象およびその評価に関して当然に意見の陳述がなされることが予想されるべきであるのに、被告は、原告らの右証拠申出の採用を保留する決定をなすと同時に右意見陳述に関する意見さえ問うことなく突然結審をなし、同年三月一日には裁決をなしたものであつて、右審理手続は、被告が、故意に、土地収用法第六三条の原告らの審理参加権(意見、証拠の提出)を侵害してなされた違法の手続で、同手続に基づく裁決は違法である。

三  原告室原知幸の関係において、補償の決定につき次のような違法がある。

(一)  物件立木の評価方式に、次のような、違法がある。

1、物件の評価にあたり、運搬費を算出しているが、運搬費の算出にあたつては、その方法、粁数など具体的客観的な方式により算出さるべきであるにもかかわらず、主観的評価に基づいて算出されている。しかも運搬費をいずれも移転先を志屋部落までとして算出されているが、事業計画によれば同部落は本件事業により水没することとなり同部落内に存在する物件は移転を要すべきこととされているものであつて、かような移転先への運搬費を評価算出して右物件の評価をしていることは違法である。

2、物件の再築費は、物件の評価に含ませるべきであるにかかわらず同再築費を右物件の評価に含ませていない。

(二)  被告は、物件の所有者を、三名の共有と推定して補償の決定をなしたが、右は合理的根拠に基づかない違法のものである。

物件の内、建物の一部が三名の共有として登記されていることはあるが、電話は原告室原知幸、電灯は訴外穴井隆雄、同室原知彦名義のものであつて、同原告、訴外人ら所有の物件である。

その他の物件については、被告から原告らに対し権利関係の内容を明らかにするよう意見書の提出を命じられていたが、物件調書のみによつては同事実を明らかにすることは非常に困難であり、同事実を明らかにするには、相当の期間と起業者の釈明が必要であつて、このため、原告らは被告に対し、後日明らかにすることとして意見陳述を保留していたものである。

(三)  裁決において、物件の内、屋内動産の移転費用を金三万円と決定している。屋内動産としては、食料、燃料、炊事道具類、寝具、畳、建具、器材、ラジオ、テレビ、書籍資料類、その他大量のものが存在していたが、被告は、原告らの意見も徴することなく、合理的根拠も有しない根拠のない推量に基づいて、右決定をなしたものである。

(四)  補償評価は、現物について行なわれるべきであるにもかかわらず、物件の特定をなすにたる審理をなさず、その存在の有無位置形状などを無視して補償額を決定した。物件中、建物については、存在しない一七棟の建物について補償をなしたことによつても明らかであつて、右補償額を決定するにつき審理不尽の違法がある。

四  事業認定にあたり起業者が事業認定申請書に添付した事業計画書によると、本件ダムは治水と発電の目的を有する特定多目的ダムとして構想されていたが、起業者は特定多目的ダム法第四条に定められた基本計画を作らず、貯蓄量の配分、ダム使用権の設定予定者、建設に要する費用の負担等重要事項について何ら決定されないまま事業認定がなされたものであるから、多目的ダム建設の事業計画として完備したものといえず、工業用水確保を主目的とする単純な治水ダム建設計画であるにすぎなかつた。その後発電部門について裏付けを有する特定多目的ダム法所定の基本計画が作成され昭和三八年一一月二〇日告示されて、同計画に基づき事業が遂行されることとなつた。かように、単純な治水の目的を有する建設計画から、治水と発電の二つの目的を有する多目的ダムの建設計画となつたことは、ダム建設の重要な要素をなす目的に異同を生じたもので、同異同があることは計画に著しい変更があつたというべきであり、これは土地収用法第四七条に定める事業計画の著しい変更に該るものというべきであり、被告は同法条に基づき裁決申請を却下すべきであつたものである。

五  裁決の前提となつた事業認定が違法である場合には、土地収用にいたる一連の手続における後行行為である収用裁決は先行行為である事業認定の違法性を承継し、無効となるものというべきところ、本件裁決の先行行為である事業認定は、次のように違法であるから、本件裁決は違法であり取消さるべきである。

同事業認定は、多目的ダム建設事業につきなされたものであるが、同事業認定申請書添付の事業計画によると、本件ダムは治水と発電の目的で建設されることになつているが、その計画内容は、発電部門については空疎なものであり、治水部門については洪水を計画内容どおりカツトすることは不可能であり、水害防除計画は全く偶然に頼るのほかのない計画とはいえない程度のものであつて、計画として無益であるばかりか、ダムの構造および操作の点で新たな水害が予見される有害無益な計画であり、このような計画に事業認定を与えたことは違法で無効な処分である。

もつとも、被告主張のとおり本件収用裁決の前提となつている事業認定につき原告室原知幸が建設大臣を被告として東京地方裁判所に事業認定無効確認請求の訴を提起したが、昭和三八年九月一七日請求棄却の判決があり、同年一二月一一日右判決が確定したことは認める。

六  本件収用裁決は、憲法第二九条第三項に違反する。

憲法第二九条第三項によると、国家が私有財産を用いるためには、公共のために用いることおよび正当な補償がなされることが要件とされているが、本件収用裁決は右いずれの要件もみたしていない。

(一)  本件収用裁決は、公共の福祉に合致する場合でないのに、松原、下筌ダム建設のためになされたものである。

建設省が右ダムを建設しようとするのは、筑後川水系における昭和二八年に生じたような災害を防除しようとするものであるから、同建設における治水計画は人間の身体、生命および住居を洪水から防禦することを第一義とする計画であることを要し、建設の方式、技術は人智の限りを尽くされた最高のもので、科学的に充分の検討が加えられたものであることを要するものであるが、右計画については、左記のように、科学的に充分の検討は加えられていないし、かつ同計画によると、右ダムの建設は筑後川治水のためには無益で公共の利益に役立つところはなく、却つて多くの水害、公害を伴い公共に損害を伴い公共に損害を与えるおそれのある有害なものである。

そして、認定にかかる事業が公共の利益になるか否かについては、事業認定におけるとは別異に、被告は独自の立場で、事業の公共性の判断、認定をしうるものであり、また、なさなければならないものである。

1、本件計画の高水量策定について。

計画によると、昭和二八年の洪水期の高水量を長谷地点において毎秒八、五〇〇立方米とし、右ダムによつてその内毎秒二、五〇〇立方米をカツトするというのであるが、右昭和二八年における災害直後の九州大学、九州地方建設局、気象台の共同調査の結果によると、右地点において毎秒九、〇〇〇ないし一万立方米の流水があつたとされ、右計画の数値と異なつている。これは粗度計数のとり方に欠点があるからであり、また二割程度の誤差は普通見込まれなければならないとしても、このように誤差が含まれる数値のうちいずれを基準として選択するかについては安全を旨として考慮されるべきであるにもかかわらず、その考慮をなすことなく、簡単な一方式のみで検討した結果をもつて充分としている。

加うるに、右ダムの計画には土地の利用状況により出水の状況が異るものであるが、この点について考慮されていない。降雨がどの程度河に流れ込むかは、宅地と農地では異り、工場やアスフアルト道路と田畑とは異るものである。

2、ダムの配置について。

筑後川は、その上流において大山川、玖珠川の二支流に分れるが、右ダムは大山川筋に設置されることになつている。ところが、降雨は大山川筋のみにあるとは限らず、過去においては大山川筋に少なく玖珠川筋に多い例も数多く(昭和三〇年、同三二年の水害)、筑後川上流域に雨が少なく中下流に降雨があつて大災害を起したことも沢山あり(昭和一〇年)、大山川筋のみに設けられる右ダムをもつて筑後川の洪水調節は期待できないし同川の中下流の水害を防ぐことは不可能である。

3、ダムサイドの地質について。

右ダムを設置しようとする地点のダムサイドの地質は、いずれもダム建設に不適当な地質構造である。特に、下筌ダムの地点から約一粁上流までの間は、温泉変質作用をうけた土地、すなわち地下から温泉のもとであるガスが上昇してきてこのガスの作用で岩石が変質し粘土化ブロツク化し脆弱化した土地であつて諸所に大規模の地辷りを起した地形がよく発達しており、かかる脆弱な地点にアーチダムを建設することは甚だ危険である。

4、ダムの堆砂について。

右ダムは、いずれも地質が脆弱であるため、地辷りや崩壊によつてダムに堆砂し、バツクウオーターが上つてくる危険があり、下筌ダムについては鯛生川にある川辺小学校、松原ダムについては杖立温泉が、かかる堆砂による水没の危険が多い。

5、ダム上流の災害について。

ダムの背水終点において堆砂が起り、更に上流にまで河床の上昇がありうることは一般に認められているところであるが、右計画における松原ダムの背水終点は杖立温泉街の中にあり、ここでは水害の激化が予想され、同計画によると新たな水害を発生せしめることになる。

6、ダム下流の災害について。

本件計画では、ダム貯水量を基準に治水効果を検討していないため、ダムの下流においては、計画流入量以下の状態でも、長期降雨の際は計画放水量を上廻ることがありうるから(鎧畑ダム、美知ダムの例がある)、下流は不測の出水により、また水害が起りえない降雨量においても、放水量が加わり、いずれも新たな水害を発生させることとなつている。

この際、ダム直下流においては、放流時の衝撃波による破壊が起りうるが(昭和三六年六月秋柴ダムで起つている)、これに対する対策が立てられていない本件計画では、通常の流れ方による流量では起りえない堤防護岸の欠壊、破堤を起すこととなり、更に、いわゆる鉄砲水となつて下流市街地である日田市の災害は激化されることとなる。のみならず、ダム下流の河床低下が起り、井戸水、灌漑、用水取入口は旧状では使用しえなくなり、またピーク発電時のみ放流される結果朝夕だけ水量がありかつ冷却された水が放流されるため、そのまま灌漑水に使用しえないなどの公害が発生する。

7、防災と発電について。

本件計画によると、右ダムは治水と発電の目的のために建設運用されようとしている。ところで、同計画によれば、洪水カツトについては、両ダムとも洪水期には有効貯水量を完全に空虚にすることによつて行なわれることとなつており、低水位と堆砂位のレベルの差は僅か一米であり、下筌発電所の形式はダム式で、その有効落差は九二米とされている。従つて、下筌発電所の位置は松原ダムの河床高とほとんど同じであり、同ダムの堆砂位から約三五米下つた地下に潜ることとなつている。このような発電所は洪水期に全く回転しないこととなるが、その発電用取入口およびその排水口の位置については、未だに公表されず秘匿されているが、同発電所の発電にあたつては可成りの無理があることが推察できる。

治水に万全を期し、洪水期にダムを空虚にすると発電は行なえないし、洪水期を過ぎると雨量が減ずるであろうから貯水に期間を要し、その間発電は期待しえず、年間三ケ月程度の遊びが考えられる。ところが、本件計画によると右発電所の発電量は約四万キロワツトとされているのに、九州電力株式会社の最近の計画によると約六万キロワツトと発表されている。ということは、同会社は発電量の増大を希望しダムを空虚にして治水に万全を期することと相矛盾し、治水が犠牲にされるおそれを多分に内包するものであり、右計画は防災の効果を減少せしめるだけでなく、却つて災害を激化せしめるものである。

更に、発電は、必ずしも公益事業とはいいえない。発電は専ら私企業において行なわれ、電気料金は完全に企業採算のえられるもとに決定され、株主に対する利益配当も行なわれ、電力はいかなるときにも無料ではない。時に、前払が要求され、或いは、他人の使用にかかる電力料金支払いを強要され、これを拒否するときは電力の供給を行なわないこともある。しかも、最近火力発電が単価を下げているのに比して水力発電は単価が上りつつある現状である。本件計画についてみると、同計画の実施により既設の発電所三ケ所合計一万五、七〇〇キロワツトが廃止され、前記発電所が設置されることとなつているが、同設置に伴う約二万五、〇〇〇キロワツトの出力増加のため約六〇億円に近い出費をなし、この出費増は電力消費者の電気料金負担となり、出力増は私企業の株主に利益として配当されることを考えると、右計画の公共性については疑問がある。

以上1、ないし7、記載のように、本件ダムは、右計画に示すような治水の効果は全くなく、却つて災害を起す可能性の極めて多いダムであるが、建設省があくまで同ダムの建設を強行しようとするのは、同ダムが発電の目的を有し、かつ同ダムによつて北九州および有明工業地帯の大企業の工業用水確保のために建設しようとするものである。

建設省は本件ダムの総工費として金一一七億八、〇〇〇万円を計画しているが、その分担は、国の負担金七五億一、五〇〇万円、福岡県負担金二四億八、六〇〇万円、佐賀県負担金八億六、〇〇〇万円、大分県負担金四億一、〇〇〇万円、九州電力株式会社負担金五億一、〇〇〇万円である。しかも同会社は本件ダムにより旧式発電所三ケ所が水没するための補償金として国から金一五億円の支払いをうけることになつているから、同会社は本件ダムにより旧式発電所に比し数倍の発電能力を有する発電所を建設し、逆に国から一〇億円の補償をうけることとなり、国並びに地域住民の税金によつて電力の単価を引き下げ合理化を遂行することになるものである。

しかも、右ダムによつて、北九州、有明工業地帯の工業化のために必要とする一日一五五万屯の水を補填しようとするものである。もとより、本件ダム建設は農業用水確保の名目をもつてなされてはいるが、かつて愛知用水が農業用水の名目をもつて建設されながら竣工の後にいたつては、屯当り三〇円の高価な水となつて農民の使用が不可能となり、工業用水としては原価を割る屯当り金五円五〇銭の安価で利用されている現状をみると、右ダムが農業用水確保のためといいながら、遂には農民から水を奪う結果になりかねないものである。

かように、本件ダムは、福岡、大分、佐賀、熊本各県下の地域住民の負担において、かつ、同地域農民から農業用水を収奪して、九州電力株式会社のため、および北九州、有明工業地帯の大企業の工業用水確保のため建設しようとするもので、公共のために建設されるものではない。

よつて、本件収用裁決は、公共の福祉によらず私有権を侵害したものであつて、憲法第二九条第三項に違反するものである。

(二)  本件収用物件の内、原告ら所有の物件につき正当な補償がなされていないものがある。例えば、阿蘇郡小国町黒淵字天鶴五八二五の一の土地は原告らの所有であるのに、訴外穴井マサオ、同穴井昭三、同末松マツの所有物として収用裁決をなし、また収用裁決の対象となつた建物はすべて原告ら単独の所有物であるのに、被告はこれら建物を原告らとその他の関係者の共有物として収用裁決をしたが、これら土地建物については、原告らに対し正当な補償をなさないで収用裁決をしたものであり、その他全然補償なく収用された部分が相当あり、このような収用裁決は憲法第二九条第三項に違反し、重大明白な瑕疵があり、無効または取消さるべきである。

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。

原告主張の事実中、第一、第二、記載の事実はこれを認めるが、第三記載の各事実は、左記のように、これを争う。

一 原告ら主張第三、一、の土地調書、物件調書が違法であるとの主張について、

(一)  同主張第三、一(一)(作成手続の違法主張)につき、

土地収用法第三五条第一項では「起業者又はその命を受けた者若しくは委任を受けた者は、事業の準備のため又は第三六条第一項に規定する土地調書及び物件調書作成のために、その土地又はその土地にある工作物に立ち入つてこれを測量し、又はその土地にある工作物に立ち入つてこれを測量し、又はその土地及びその土地若しくは工作物にある物件を調査することができる」旨規定しており、同法第三七条によれば土地および物件調書には実測平面図の添付を要求しているから、起業者としては、土地調書、物件調書の作成にあたつては、可能な限り、土地またはその土地上にある工作物に立ち入つてこれを測量し、土地および物件を調査した上、正確な調書の作成に心掛けるべきである。

しかしながら、同法の規定上、立入り測量または立ち入り調査をすることが土地、物件調書作成の要件とされているものではなく、立入り測量、立入り調査をするまでもなく正確な土地調書、物件調書の作成が可能であれば立ち入り測量、立ち入り調査をすることなく右調書を作成することは何ら妨げないものというべきであり、立ち入り調査が客観的に不能な場所については遠隔測量などによつて調書を作成することは勿論差支えないところである。

また立ち入り測量の上、調書を作成することが好ましい場所である場合においても、何らかの理由で立ち入り測量が困難である場合においては、次善の策として空中測量或いは遠隔測量の方法によつて調査し、空中測量等による実測平面図などを添附して土地調書、物件調書を作成することは何ら土地収用法に違反するものではない。

ところで、本件土地調書、物件調書作成にあたつては、起業者が立ち入り測量および調査を実施しようとしたところ、原告ら下筌、松原ダム建設反対派は、本件収用地内外にいわゆる「蜂の巣砦」を築造し、実力をもつてこれを阻止したため、充分な立ち入り測量および調査ができなかつたことは公知の事実であり、起業者が空中測量あるいは遠隔測量による調査に基づき土地調書、物件調書を作成したことをもつて土地収用法に違反するものとすることはできない。また立ち入り測量を実力をもつて不法に阻止した原告らが、右立ち入り測量をしなかつたことを本件訴訟において違法理由として主張することは、信義にも反するものといわざるをえない。

土地収用法第三七条の二の土地調書、物件調書の作成の特例の規定は、同法の解釈として条理上本件のごとき措置をとることも許されることを明文で明確化したにすぎず、右規定の新設をもつて本件措置が違法であることの理由とすることはできない。

(二)  同主張第三、一、(二)1、(土地調書、物件調書の内容)につき、

土地収用法第三六条によれば、起業者が、土地調書、物件調書を作成する場合において、起業者は土地所有者および関係人を立ち合わせた上、土地調書、物件調書に署名押印させなければならず、この場合土地所有者および関係人の内、土地調書、物件調書の記載事項が真実でない旨異議を有する者は、その内容を当該調書に附記して署名押印することができることになつている。そして、同法第三八条によれば「起業者、土地所有者及び関係人は第三六条第三項の規定によつて異議を附記した者が、その内容を述べる場合を除くの外、前二条の規定によつて作成された土地調書及び物件調書の記載事項の真否について異議を述べることができない。但し、その調書の記載事項が真実に反していることを立証するときは、この限りでない」とされている。

しかるに、原告らは、本件土地調書、物件調書作成の際何ら異議を附記しておらず、また被告において昭和三八年一〇月二九日付で土地調書、物件調書の記載事項の真否につき異議があれば意見書を提出する旨求めたにもかかわらず、審理の過程において何ら右記載事項の真否について主張立証をしなかつた。

従つて、原告らは、本件訴訟においても、もはや土地調書、物件調書の記載内容について争うことは許されないものであつて、右土地調書、物件調書に基づいてなした本件収用裁決につき、右調書の記載事項の真否を理由に、違法であるとの主張は理由がないものといわなければならない。

なお、本件土地調書、物件調書の作成にあたつては、土地所有者および関係人が立会を拒絶したので、熊本県知事の指名した同県吏員が立ち合い、これに署名押印しているが、右立会人は、立会の際、ヘリコプターを飛ばして現地を空から調査するなどして、原告らの妨害にもかかわらず、できる限り詳細な調査をなした上、調書の正確性を確認して署名押印しているのであつて、その正確性は充分担保されているものといわなければならない。

原告らが主張する調書の具体的内容について述べると、次のとおりである。

(1) 原告室原是賢の送電線鉄塔の所在地に関する主張について、

九州電力株式会社所有の送電線鉄塔にかかる賃借権は、昭和二五年二月二六日付で原告室原知幸および訴外穴井子之吉から同会社の前身である日本発送電株式会社に提出されている承諾書によると、津江黒淵間の送電線路架設にあたり右原告室原知幸所有の字天鶴五、八二五番の一、訴外穴井子之吉所有の字鳥穴五、八二八番の一各土地に、線路支持物を設置するため、賃借期間を昭和二五年二月二六日より同工作物存置期間中と定めて設定されたものである。

ところで、この賃借権の具体的範囲は、支持物である鉄塔の構造上支柱脚の接地地点だけではなく、支持物の設置管理に必要な範囲におよんでいるものである。すなわち、土地調書添附図面に図示されている支持物の接地点は、原告室原是賢が主張するように、字鳥穴五、八二八番の一と収用地外の土地にまたがつているが、賃借権の範囲はこの接地地点よりも広く、隣接の字天鶴五、八二五番の一にもおよんでいるものである。従つて、土地調書上において字鳥穴五、八二八番の一と字天鶴五、八二五番の一の両土地を九州電力株式会社の賃借権の所在する土地として表示したことは正当で、調書と添付図面との間には何らの矛盾も存しないのである。

(2) 原告室原是賢の、収用地の境界と地積に関する主張について、

本件収用裁決の対象となつた五筆の各土地の境界は、起業者が、原告室原知幸、訴外穴井隆雄、同末松豊が共同で熊本地方法務局小国出張所に提出した家屋建築申告書の外、字図、林相、屋根、崖、谷等地形地理上の著名な事物や地元住民の説明などを総合勘案して確認した境界線を、被告において充分調査した上相当と認めたので、これに基づいて収用裁決をしたものである。

ところで、被告は、本件裁決にあたり、収用土地の境界線を前記のように確定すると同時に、これに基づいてその各土地の損失補償額を算定したが、原告室原知幸を除く被収用者、すなわち旧所有者であつた訴外穴井マサオ、同穴井昭三、同穴井紀、同末松マツは、この土地の補償金を昭和三九年四月八日受領し、かつ、同訴外人らが提起していた収用裁決取消の訴(熊本地方裁判所昭和三九年(行ウ)第四号)は同月一〇日取下げられている。従つて、原告室原是賢が境界線に関し主張する第三、一、(二)、1、(2)、B、C、D、E、の地積の出入りが、仮にあつたとしても、同事実について法律上利害関係を有するのは右訴外人四名の旧所有者だけであつて、原告室原是賢にとつては、同人の法律上の利益に関係のないことといわなければならない。

しかも、起業者は勿論被告が現地に立ち入つて調査することも悉く拒否し続けられてきたところであるから、以上のごとき諸資料に基づき最大の努力を払い確定した境界をもつて収用裁決の前提とすることはやむをえないものというべく、これを違法とする主張は失当である。

(3) 原告室原是賢の杉三二本の欠如に関する主張について、

物件調書に、存在する杉三二本の記載がなかつたことは認める。

右杉の所在地は山陰にあたり同年生程度の雑木林に接していたので、前記のように望遠などによる調査においてはこれを雑木林と誤記したものである。

しかしながら、右杉三二本の欠如については、前記のように、被告の審理に際し原告らから何らの申出もなかつたものであるから、物件調書の記載に基づき、右杉三二本はないものとして裁決した本件収用裁決には何ら違法はない。

(4) 原告ら主張の土地細目公告前の建物二〇棟の欠如に関する主張について、

物件調書には、同調書作成当時(昭和三六年三月二三日)存在していた四五棟が記載されている。右四五棟の中には河川予定地告示(昭和三五年二月一六日)前に建築された一〇棟の外、右告示から土地細目の公告(昭和三五年五月二日)を経て、更に本件物件調書作成までの間に建築された三五棟が記載されているもので、原告ら主張のような欠如はない。

(5) 原告ら主張の給水管などの長さに関する主張について、

被告の現地調査の際、起業者から提示された物件調書作成の基礎資料となつた調査資料によれば、給水管、柵、電線なども細かく調査されており、実地調査をしなかつたからといつて必ずしも確度が低いとはいえず、被告も傾斜などを考慮して補償金額の算定を行なつたものであるから、右原告らの主張も理由がない。

なお、原告室原是賢は、本件収用裁決後、収用の時期前である昭和三九年三月一七日字天鶴五、八二五番の一の土地を原告室原知幸から贈与をうけ土地およびその地上に生立する立木を取得したとしているが、本件収用地上に所在する建物、工作物等については何ら権利を有しないもので、原告室原是賢は法律上の利益を有しないこれら物件についての矛盾をつきこれを看過した本件裁決の違法を主張することは適法な主張とはいえない。

二 原告ら主張第三、二の審理手続が違法であるとの主張について、

(一)  同主張第三、二、(一)の裁決申請手続の違法主張につき、

起業者から昭和三六年四月二七日提出された本件裁決申請書については、被告は土地収用法第四三条により、同申請書およびその添付書類について検討した後、同年九月一六日書類の欠陥の補正を命じた。これに対し起業者は、同年一〇月七日付九建三六用発第七五二号「裁決申請書の欠陥の補正について」と題する補正書を提出したので、被告は同月二〇日本件申請を受理したものである。

原告ら主張のように、裁決申請書の提出から申請の受理までの間に、申請手続が違法の疑いの濃いため、被告が起業者に対し申請のやり直しを求めたことはない。

(二)  同主張第三、二、(二)の現地調査に関する違法主張につき、

被告は、土地収用法第六五条第一項に基づき現地調査を行なつたが、前記のように、原告らは本件収用地内外にいわゆる「蜂の巣砦」を築き、被告の本件収用地内への立ち入りを実力をもつて拒み、これがため被告は現地に立ち入ることができなかつたので、被告は、いわゆる「蜂の巣砦」を二〇ないし九〇米の至近距離から望むことのできる津江川左岸から望遠鏡で確認し、写真を撮影するなどの方法によつて調査を行なつたものである。

土地収用法所定の現地調査は、必ず実地に立ち入つて調査をしなければならないものではなく、現地について調査すればたりることは条理上明らかであるから、右のように至近距離から現地についての調査確認を行なつたことは、現地調査の方法として充分であつて、何ら違法ではない。

殊に、本件は、原告らの妨害のために実地の立ち入りができなかつたものであり、このことを理由に原告らが被告の調査が違法であると主張することは信義則に反するものとして排斥されるべきである。

収用対象物件については、航空写真その他対岸からの確認(写真撮影を含む。)または工事施工者(電線並びに電話線等)の工事書を参酌の上起業者側の説明も聴取して確認し、更に、傾斜面の曲折なども充分考慮した上収用裁決したものである。

従つて、収用裁決が、現地の実測に基づかなかつたとしても、当時原告らの調査拒否が断固続けられ、被告らの再三に亘る立ち入りの要請も容れられなかつた状態においては、右のような諸資料を基礎として右裁決をなすもまたやむをえないところであつて、何ら違法はない。

(三)  同主張第三、二、(三)の審理参加権侵害の違法主張につき、

被告が前記現地調査の際、起業者の松原下筌ダム工事事務所ダム第一出張所において、起業者の有する現地に関する諸資料を調査したことはあるが、それは審理の実体に関する意見の聴取を行なつたものではなく、あくまで現地調査の一環として行なつたにすぎないものである。

昭和三八年一二月二日、被告が、熊本県庁内において前記調査の結果につき会議を開催していたところ、たまたま、起業者代理人が来庁したので、先に提出済の「下筌ダム及び松原ダムの建設に関する基本計画書との関連についての意見書」について、説明をうけたことはある。この意見書の具体的内容については、同月九日開催の第一三回審理において、起業者代理人から陳述され、ついで同意見書の写を同月一八日土地所有者関係人の代理人に送付したところ、これに対し昭和三九年二月一〇日付をもつて土地所有者らから意見書が提出されているものである。

従つて、原告ら主張のごとき、審理の公開、当事者の審理参加権を侵害したということはない。

(四)  同主張第三、二、(四)の裁決および意見留保などに関する違法主張につき、

1、昭和三九年一月被告の委員数名が東京、関西地方に赴き、内閣法制局、東京都および京都府各収用委員会を訪ね土地収用法の解釈に関する一般的意見の交換を行なつたこと、補償物件評価の鑑定を鑑定人八名に命じたことはあるが、右はいずれも本件裁決の適正、公平を期せんがためのものであり、本件裁決にいたるまでの間に、被告は、審理の進捗に伴い順次争点を整理し、その判断をなして裁決案を作成し、結審後合議を遂げた後、裁決を下したものであつて、結審後数日を出でずして裁決書が原告ら主張のように発送されたことは、事務処理上当然の行為で、違法のそしりをうける筋合はない。

2、被告は、原告らの審理参加権を侵害したことはない。本件審理は、二年有余に亘り、前後一七回におよぶ審理期日を重ねた上、裁決におよんだもので、審理不尽の違法はない。

(1) 原告らの意見留保について、

原告らが意見の陳述を保留したというのは、被告が昭和三八年一〇月二九日付文書をもつて原告らに対して関係人の権利関係等につき同年一一月一五日までの期限を附し意見書の提出を求めたのに対し、原告らが同年一一月一二日付でその理由について釈明を求め、釈明あるまで意見の提出を保留する旨答えて期限を経過し、意見書その他資料の提出のないまま結審になつたことを指すものと思われる。

被告が、原告らに宛て発した右意見書等の提出命令の内容は、裁決申請にかかる土地および当該土地にある物件について土地所有者および関係人ごとに権利取得の時期、権利の内容、権利関係の当事者ら関係人が有する権利関係について明らかにする意見書および証拠方法の提出を命じる旨を明記していたものであつて、その理由は明確で、説明の必要のないものであつた。

しかるに、原告らは、いたずらに釈明を求め、釈明あるまで意見書等の提出を保留すると称して、期限までに意見書を提出せず、その後、結審にいたるまで六回に亘る審理を経ているので、その間において充分意見を陳述する機会があつたにもかかわらず、自ら意見を述べず、権利行使を怠つたものであつて、被告が権利行使の機会を与えなかつたというものではない。

(2) 資料取寄せの申立について、

昭和二九年二月一〇日開催された第一五回審理の際、原告ら代理人から「事業認定申請書添附の事業計画書による計画は、本件ダムが治水と発電の二目的を有するにもかかわらず、発電部門については、全くその裏付けを有せず、多目的ダムの計画という名に価しないものであつた。そこで、発電部門の裏付けを有するとして告示された基本計画(特定多目的ダム法第四条)が作成されたことにより、起業者は、当然当該計画に基づき事業を遂行することとなつたが、このような計画の変更は、土地収用法第四七条により却下すべきものである。起業者は治水が主目的である点で異同がないというが、客観的な計画の科学的、経済的異同を明らかにして更に同法第四七条適用の法律判断を示すべきである。」旨主張する意見書の提出があり、右意見を立証するため同日付次の資料取寄の申立があつた。

(イ) 所持者、 九州電力株式会社

資料名、 「資金計画、松原、下筌、高取発電所水路建設」

「松原、下筌、高取発電所の技術計画並びに図面」

「松原、下筌ダム建設につき基本計画に示されたアロケーシヨンの基礎資料」

(ロ) 所持者、 建設省九州地方建設局

資料名、 「松原、下筌ダム建設につき基本計画に示されたアロケーシヨンの基礎資料」

「事業認定申請書に添付された事業計画書の計画についてアローケーシヨンに対応する基礎資料」

ところで、本件裁決申請書に添付された事業計画の内容と多目的ダム法第四条の基本計画の内容との同一性の有無については、昭和三八年一一月二六日付で起業者から意見書が提出され、右意見書は同年一二月九日開催された第一三回審理において起業者代理人から陳述された。同意見書およびその添附資料によれば、基本計画の内容およびこれと裁決申請書添附の事業計画の内容との異同が明らかにされており、原告ら申立の資料を取寄せるまでもなく、著しい事業計画の変更があるとして土地収用法第四七条により却下すべきものでないことは明らかであつた。

そこで、被告は、右取寄の必要がないので、原告ら申立の資料取寄をしなかつたものであつて、資料取寄をしなかつたのは審理不尽である旨の原告らの主張も理由がない。

三 原告室原知幸主張第三、三、の補償決定に関する違法主張について、

原告室原知幸は、損失補償の決定についての違法を主張する。しかし、収用委員会の裁決についての審査請求においては、損失の補償についての不服をその裁決についての不服の理由とすることはできず(土地収用法第一三二条、第二項)、収用委員会の裁決の内損失の補償に関する訴は、これを提起した者が起業者であるときは、土地所有者または関係人を、土地所有者または関係人であるときは起業者を、それぞれ被告としなければならないとされているので(同法第一三三条第二項)、本件のごとく収用委員会を被告とする裁決取消訴訟においては、かかる損失補償に関する違法を主張することは許されないものといわなければならない。

更に、右原告の主張する損失補償に関する具体的違法理由も、いずれも、次のように、理由がない。

(一)  同主張第三、三、(一)の立木の評価方式の違法主張について、

1、移転物件の運搬費の計上につき、

物件の評価は、一部を除き、鑑定人の鑑定を採用したこと並びに運搬費をいずれも志屋部落までとしていることは、右原告主張のとおりである。

しかし、本件裁決にかかる物件は、その移転完了の期限が昭和三九年四月五日であり、事業計画によれば、松原ダムの湛水は昭和四四年と予定されているから、右移転完了期限の時点における移転先を基準にして運搬費を算定すればたりるわけであつて、右原告主張のように湛水時を考慮して定める余地はないから、この点に関する右原告の主張は失当である。

2、再築費につき、

再築費算定にかかる物件は、ダム建設反対のため急峻な崖地に作られた仮設の小屋等であつて、通常住居等に使用される物件ではなく、その使用目的および状況等よりして解体移築することは一般に考えられないから、物件の再築費を特に見積る必要がないものというべきである。よつて再築費を見積るべきであるとの右原告の主張は不当である。

(二)  右原告主張第三、三、(二)の物件所有者誤認の主張について、

電灯、電話設備は、建物に附帯して架設されるものであるから、特段の事業のない限り、建物所有者がこれら設備の所有者であると認めるのが相当である。

本件の場合、かかる特段の事情が認められない以上、これら諸設備の所有者は、この設備を附設した本件建物の所有者、すなわち、原告室原知幸、訴外穴井隆雄、同末松豊三名の共有と推断したことについて何ら違法はない。

(三)  右原告主張第三、三、(三)の屋内動産の移転費用の主張について、

屋内動産の移転料の算出は、原告らが立ち入り調査を拒絶している現状においては、いかなる物件が存するものか詳細を把握することは困難であり、かつ、前記のように、原告らは被告の意見書提出命令に応じないので、やむをえず、通常行なわれている補償基準を採用し、最高額をもつて裁決したものであつて、何らの違法はない。

(四)  右原告主張第三、三、(四)の不存在の建物一七棟の補償について、

右原告が、存在しない一七棟がある旨主張するのは、具体的に何を指すものであるか必ずしも明らかでない。

本件土地調書作成時(昭和三六年三月二三日)と裁決時(昭和三九年三月一日)とは、約三ケ年の開きがあり、この間本件収用地には本件土地、物件調書作成当時存在していたと認められる四五棟の外、多数の建物が追加して建築されており、これらは仮の小屋であるから、土地、物件調書作成当時存在していた四五棟の建物についても多少の移動があつたことが想像されないでもない。

しかし、仮に、右原告主張のとおり、四五棟の内何棟かが裁決当時すでに原告らによつて取毀されていたとしても、前記のように、被告の審理に際しては、裁決当時存在しない建物についての補償義務を負わされたこととなる起業者からも、また原告ら被収用者からも、この点について何ら主張立証もなく、原告らが被告の立ち入り調査すら拒んだ状況からみて、右異動を考慮せず裁決した本件処分には何ら違法はないものといわなければならない。

右原告主張のとおり、存在しない建物について移転補償費を計上したとしても、その不利益は起業者が蒙るのみで、原告らはむしろ利益をうけているのであるから、これをもつて右原告が裁決取消の違法理由として主張することは許されないものといわなければならない。

四 原告ら主張第三、四の事業計画の同一性に関する違法主張について、

(一)  基本計画告示の経緯について、

本件ダム建設事業にかかる事業認定並びに特定多目的ダム法第四条の規定に基づく基本計画の告示がなされた事情は次のとおりである。

1、建設省およびその出先機関として筑後川の治水工事を担当している九州地方建設局は、昭和二八年洪水の実情から判断して計画高水流量(長谷地点)を毎秒八、五〇〇立方米に引き上げる必要を感じ、この高水流量を基礎として従前立案されていた治水計画を再検討した結果、河道改修と洪水調節ダム設置の両方式を併用して筑後川の治水計画を立案することが、洪水計画調節技術からみて安全であり、経済的にみても治水事業費を節減できる最も有利な方策であること、この場合の治水工事費を試算した結果によると、河道改修で毎秒六、〇〇〇立方米までの高水を疎通させ残る毎秒二、五〇〇立方米を洪水調節ダムで貯留する場合が最も経済的な(工事費を極少にする)方法であるとの結論に到達した。

そこで、起業者は、筑後川上流部の大山川、玖珠川筋に沿つてダムサイト候補地を物色し、調査検討した結果、初期の段階では、久世畑地点が一個のダムで所要の流量調節が期待できるところから、最も有望視され、引き続き地質調査を詳細に進めたところ、地質上の難点が明らかになり、その上補償関係の費用が巨額に上ることから、同地点を断念することとした。

これに代るものとして、昭和三二年二月頃松原地点ほか一個所の組み合わせにより洪水調節を行なう方針が出され、同年夏頃松原、下筌の二地点に決定をえた。

このように、当初は専ら洪水調節の機能を中心としてダムサイトの選定に考慮が払われていたところ、久世畑が放棄され、松原ほか一個所の組み合わせに方針が変更された頃から、発電を兼併する多目的ダムの構想が外部に打ち出され、その頃から昭和三三年の間に、建設省から電力行政の所管である通産省に対し、本件ダムを、発電を兼ねる多目的ダムとして建設する旨の連絡があり、通産省公益事業局では、この旨を九州電力株式会社に連絡した。昭和三三年四月には予算面でも多目的ダムを建設するものとして、調査関係の費用が組まれていた。

2、起業者は、発電の点は兎も角として、筑後川の治水計画を早急に実施する必要を感じており、そのためには、本件ダムの建設が緊急にして不可欠のものであると考えていたところ、右ダムサイト地点の住民の抵抗にあい、計画の実施が遅延することは必至であつた。

そこで、起業者は、本件事業のため土地収用手続をなすことにしたが、事業の実施を急ぐ必要があつたので、ダム法上の基本計画となすべき諸事項、とりわけ、特定用途の利水事業を営む者に該当する電気事業者との間の折衝をまつて決定せらるべき事項については、確たる合意若しくは取り決めがないまま、昭和三四年九月土地収用法に基づき事業の認定を申請するにいたつた。

3、九州電力株式会社は昭和三五年二月起業者に対し本件各ダムにつきダム使用権の設定許可申請書を提出した。同申請書は、同会社が先願者的地位を獲得する目的で提出したものであるが、発電計画としての成案をえたのは昭和三七年末であり、これに基づいて同会社は昭和三八年一月三一日付であらためてダム使用権設定許可申請書を提出した。我が国の電力行政のあり方からみて、同会社が本件ダムの貯留水を利用して発電事業を営むため、ダム使用権の設定をうけるであろうことはほぼ確定的のものと認められ、起業者も同会社が発電事業を営むことを前提として本件事業計画を立案していた。

4、このように、本件ダムは、いわゆる多目的ダムの建設を目的とするものであつたが、事業認定の際には、ダム使用権設定予定者、建設費の分担の割合等の基本計画の眼目となるべき事項については成案をえていなかつた。使用権設定予定者に擬せられていた同会社も昭和三七年末にいたり漸く発電効果等について独自の立場からの調査を終え、発電専用施設等に関する具体的計画を作成することができたものである。従つて、事業認定の申請に際し、起業者が提出した事業計画書中の発電効果に関する部分は、実際に発電事業を含む利水事業者(となる予定)の右会社の計画によつて裏付けされていないとしても、発電事業を営む者(ダム使用権設定予定者)に擬せられていた右会社が、当時すでに本件ダムにより発電事業を営む意思を起業者に対し表明していたのであるから、起業者の発電に関する計画は、細部の数字(最大出力等発生電力に関する数値)は兎も角、発電事業が行なわれるという点では、根拠を有していたものである。

このように、利水事業を営むことが予定されている者との間の基本計画上の諸事項に関する折衝が遅延しているとき、それにつれて、洪水調節事業としてのダム建設事業が停滞することは不測の損害を生じるおそれもあり、治水専用ダムとして建設することには、ダム法制定の趣旨にみられるような資源利用と建設費の軽減といつた利益を放棄することになる点で、水利行政の上からも批判の余地があり、起業者が主たる目的である洪水調節事業としてのダム建設が急を要すると判断した場合に、後日特定用途の利水事業者との間で、基本計画の内容となるべき事項について、折衝がまとまつた上で、正式に多目的ダムとして発足させる含みとしたことは、止むをえない事情に基づくものというべきである。

5、起業者の右事業認定の申請に対し、昭和三五年四月には建設省告示第八九三号により事業認定の告示が行なわれた(これに対し原告室原知幸外三名は建設大臣を相手方として東京地方裁決所に右事業認定処分の無効を求めて行政訴訟を提起したが(同地裁昭和三五年(行)第四一号事件)、昭和三八年九月同裁判所は請求を棄却した。)。

起業者は、右事業認定に基づき、土地細目の公告、土地物件調書の作成、土地収用法第四〇条に基づく協議など、同法所定の手続を履践し、昭和三六年四月二七日被告に対して右事業認定にかかる事業計画と同一内容の事業計画書を添付して収用裁決申請をした。右裁決申請に対する審理期間中にダム使用権設定者並びに関係行政機関および関係知事等との間にダム建設費用の分担に関する事項等が最終的に確定をみたので、昭和三八年一一月二〇日にいたり特定多目的ダム法第四条に基づき松原、下筌ダム基本計画の告示をみたものである。

(二)  基本計画と事業認定の事業計画との相違について、

事業認定にかかる事業計画と特定多目的ダム法第四条による基本計画との内容を比較してみると、両者の間には、主目的である治水の計画については何らの相違は認められず、附随的に行なう発電の計画の内容について若干の異動がみられるにすぎない。

すなわち、特定多目的ダム法第四条の規定に基づく基本計画においても、事業認定処分にかかる事業計画と同様建設の主目的は洪水調節にあり、本件ダムによつて松原ダムサイトにおける計画高水流量毎秒三、八〇〇立方米を毎秒一、一〇〇立方米に調節し、下流筑後川の長谷地先の計画高水流量毎秒八、五〇〇立方米を毎秒六、〇〇〇立方米に低減させるものであり、ダムの高さ、貯水池の大きさ、貯留量等ダムの基本的な構成要素である貯水池の諸元については一切変更がない。

従つて、いずれの事業計画によるも収用すべき土地の区域に変動はなく、土地所有者関係人の権利関係に一切の影響がない。

ただ、事業認定申請当時に比較して、その後の電力需要の変動等に伴つて本件ダムの附随的な目的である発電の方式について、基本計画につき再検討を行なつた結果、若干の変動をみている。松原ダムについては、計画当初は一日の流量を貯留してこれを約一〇時間で発電する(使用水量毎秒四二立方米)のが妥当と考えられたが、基本計画作成にあたつては、ピークの度合を強めて約五時間(使用水量毎秒八五立方米)で一挙に発電し、あとは運転を休止する方式がより採算性が高いので、この方式が採用され、また、松原発電所の放水流を大山川とは別に水路を新設することとされた。これらは電力需要の変動等に伴なつて貯水池からの発電用水の引き出し方を変える等の変更にすぎず、本件ダムの事業計画の本質的な変更ということはできない。

かように、ダムの高さ、貯水池の大きさ、貯水量の用途別配分等、ダムの諸元は一切変らず、単に、発電効果に関する計画の変更が認められたのみであり、かかる計画変更をもつて、事業計画が著しく異なるものともいえない。従つて、土地収用法第四七条により却下すべきであるとする原告の主張は理由がない。

五 原告ら主張第三、五の事業認定無効の主張について、

本件収用裁決申請の前提となる事業認定については、原告室原知幸は東京地方裁判所にその無効確認請求訴訟を提起したが(同裁判所昭和三五年(行)第四一号事件)、昭和三八年九月一七日右請求を棄却する判決の言渡があり、同年一二月一一日右判決は確定した。

原告室原是賢は、右事業認定によつて起業地と認定された土地の内、原告室原知幸の所有地であつた熊本県阿蘇郡小国町大字黒淵字天鶴五、八二五番の一の土地を昭和三九年二月一〇日同原告から譲受け同年三月一七日所有権移転登記をうけたものであるから、右判決の既判力は、原告室原是賢におよぶものである。

従つて、原告らは、右判決の既判力によつて、右事業認定の違法を主張することはできないから、同事業認定の違法を理由として本件収用裁決の違法を主張することはできないものというべきである。

六 原告ら主張第三、六の憲法第二九条第三項違反の主張について、

(一)  私有財産が公共のためにのみ収用さるべきであることは憲法第二九条第三項に規定するところであるが、右公共のために用うる具体的手続として、土地収用法が、右憲法の趣旨を具体化して規定している。

土地収用法によれば、第三条において土地を収用し、または使用することができる公共の利益となる事業を限定的に列挙して規定し、右事業の起業者の申請に基づき事業認定官庁が、さらに、

一 事業が第三条各号の一に掲げるものに関するものであること、

二 起業者が当該事業を遂行するに充分な意思と能力を有するものであること、

三 事業計画が土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものであること、

四 土地を収用し、または使用する公益上の必要があるものであること、

の各要件を備えるか否かを審査し、右要件をいずれも備えると認めた場合に事業の認定処分をなし(同法第二〇条)、右事業認定をうけて後、起業者は、はじめて収用委員会に土地等の収用または使用の申請をなしうるのである。

かかる土地収用法の手続によれば、事業認定をうけた場合は、憲法第二九条第三項にいう公共のために用うる場合に該当するものであつて、収用委員会は収用裁決にあたつて、右事業認定の有無、事業の同一性、その他所定の裁決事項について審査する外、土地の収用が公共の福祉に合致するか否かを改めて検討する必要もなければまた、事業認定官庁のなした認定そのものが公共の福祉に合致するか否かを判断する権能もないものといわなければならない。かように、事業が、土地収用法第三条の規定する公共の利益となる事業であるか否かについては、土地収用委員会としては、右事業認定に拘束されるものである。

従つて、本件については、事業認定がなされ、かつ事業の同一性が認められるのであるから、公共のために使用されるものというべきであつて、憲法第二九条第三項に違反するものではない。

(二)  本件事業の公共性の存在については、次のとおりである。

1、計画高水流量策定について、

原告が主張する長谷地点における毎秒八、五〇〇立方米の高水流量は、昭和二八年洪水の痕跡を解析した結果、同地点における粗度係数を〇、〇四五とし、マンニング公式を用いて計算したもので、この計算式および粗度係数の妥当性はすでに証明済であり、原告の主張するように、基本高水流量が過少であるとはいえない。

また、原告らは、この計画には土地の利用状況による水の出方の違いが考慮されていないと主張するが、流量決定には既往の昭和二八年の実績洪水を対象としているので、当然土地の利用状況による水の出方の違いは、検討の中に含まれているものである。

2、ダムの配置について、

洪水調節の基本となつた計画高水流量は、昭和二八年洪水を対象としたものであり、これは年超過確率一〇〇分の一に相当するもので、この時の降雨状態は筑後川全流域に平均して降つたものである。この時の洪水流量に対して洪水調節効果があるように松原、下筌ダム地点を選定してダム計画が作成されており、従つて、この限りにおいては、中、下流部に対しては充分洪水調節は期待できるものである。

大山川筋に少く、玖珠川または下流域にのみ降雨があつて、松原、下筌ダムによつて洪水調節しても、基準地点(長谷)の流量が、計画洪水流量毎秒六、〇〇〇立方米を超える確率が多いかどうかということであるが、昭和二八年の降雨例から試算しても、長谷地点の洪水調節後の流量は、毎秒六、〇〇〇立方米を超えないし、昭和二八年の洪水を生んだ梅雨期の豪雨は、性質上、流域全域にわたる激しい降雨現象の結果であつて、このような豪雨は、玖珠川流域だけ集中的に降つて、大山川流域には、殆ど影響を与えないという極端に偏つた雨量分布を呈する確率は極めて少い。

過去に、筑後川の大災害をもたらした三大出水、すなわち、明治二二年、大正一〇年、昭和二八年の出水は、すべて流域全域にわたる降雨現象によつてもたらされたものであり、或る流域のみに集中豪雨があつた場合の出水は、過去の例からみても、前記三大出水に比べて流量は少なく、従つて被害も少い。

なお、原告らが、玖珠川に降雨の多い例として主張する昭和三〇年、三二年の水害は、流量そのものは長谷地点で毎秒二、〇〇〇立方米程度であり、また上流域に雨が少く、中下流に降雨があつて大災害を起したという昭和一〇年の出水も、実際は流域全域にわたつて降雨があり、下流域の支川が先に破堤氾濫した後、上流域の出水があつたため、上下流とも被害をうけたものである。

3、ダムサイトの地質について、

下筌ダムサイト上流の温水変質地の地辷りの可能性が、貯水容量からみて、特に難点に数え上げるまでのことはなく、また下筌ダムサイトの地質上の難点も技術上克服しえない性質のものではない。

4、ダムの堆砂について、

ダムの建設によつて、上流の土砂がダムに堆砂し、バツクウオーターが上つてくることは、一般的な傾向としては理解できる。しかし、これも、ダムの貯水容量と上流から運ばれてくる流送土砂量および掃流力(河川勾配と水深によつて決まる。)との対比によつて考えるべきである。松原、下筌ダムの上流域が全国平均に比べて著しく流送土砂の多い河川とは考えられず、また洪水時には、貯水位を下げていること、湛水末端附近の勾配が急であることを考え合わせれば、堆砂による水没の危険性が多いとは考えられない。

5、ダム上流の災害について、

一般的な傾向としては、背砂の影響があることは認められるが、松原、下筌ダムの場合、背水末端附近の現状をみても、土砂の堆積は、殆ど見られず、勾配も急であり、杖立温泉街の背砂による水害の危険が多いとは考えられない。

なお、被告としても、万一の場合を想定して、建設省に対して背砂が起らないような対策を要望しており、起業者は杖立温泉街の九電取水堰の撤去などを行なつて背砂現象が起らないようにすると共に、紅葉橋の架け替えを行なつて洪水の流下能力を増し、水害を助長させないような対策をとるよう約束している。従つて、新たに上流に水害が発生することは考えられない。

6、ダム下流の災害について、

本件計画の対象にしている昭和二八年の出水そのものが長期降雨によるものであつたものであり、これを基に洪水調節容量が決定されているので、この容量以上の洪水流入量があるという確率は極めて少いと考えられる。仮に、容量以上の長期降雨があつたとしても、その時は、自然の流入量だけダムより放流することとなるから、ダムのない場合に比べて流量が多くなることはなく、従つて、新たな水害が起るとは考えられない。

ダムから放流する際の衝撃波については、ダムからの放流は急激に行なわれるのではなく、衝撃波を発生せしめないようなスピードで放流されるものであるから、衝撃波による破壊が当然起るとは考えられない。もつとも、ダムのゲート操作を万一誤まれば、ダムの持つている巨大なエネルギーが破壊につながることは否定しえない。しかし、このため、ダムのゲート操作には詳細な操作規則が定められ、また、機械による自動調節が採用され、ゲート操作に万全を尽すよう計画されている。

また、ダムの築造によつて、ダム下流の河床低下が起り、ピーク発電による水位に変動があり、冷水が放流されるなどの現象は、ダム築造によつて避けられない一般的な現象であるが、それも程度の問題であり、その対策は充分とりうるものであるから、これをもつて、ダムの公益性を否認すべきではない。

(証拠省略)

理由

第一  原告ら主張第一、第二、の事実は当事者間に争いがない。

第二  原告ら主張第三、の点について判断する。

一  一の土地調書、物件調書が違法であるとの主張について。

原告は収用裁決申請書に添付された土地調書、物件調書が無効であるから、本件収用裁決は違法であると主張するのであるが、もともと、土地物件調書は土地収用委員会の審理のための証拠方法という性格を有し、調書作成手続の違法および記載内容の真否は裁決の違法と直結するわけではない。すなわち、調書作成手続にかしがあつて、調書としての効力を有しない場合は、該調書には土地収用法第三八条の効力はないので収用委員会は裁決を基礎づける資料を必要とすることになり、その資料なしに効力のない調書に基づいて収用したとすれば該収用はかしを帯びることになるが、調書が有効であるかぎり、記載事項については異議を附記した者がその内容を述べる場合のほか、起業者、土地所有者および関係人は調書の記載事項の真否について異議を述べることはできないのであり、ただ、その調書の記載事項が真実に反することを立証したときには異議の主張が許されているのである。このように土地物件調書はその記載事項に関する当事者の異議を一定の範囲で遮断し、調書の記載事項について異議が附記されていないとき、調書記載内容の真否不明の不利益は記載事項が真実でないと主張する者が負担すると解すべきであり、その立証がなされているのにかかわらず、収用委員会において調書にもとづいて収用裁決をなしたとすれば、その収用裁決にはかしがあることになる。

右の見解に立つて原告の主張を順次検討することにする。

(一)  同主張(一)の作成手続が違法であるとの主張につき。

右各調書作成につき、土地収用法第三五条で、同調書作成のために、その土地又はその土地にある工作物に立ち入つて、これを測量し、又はその土地及びその土地若しくは工作物にある物件を調査することができる旨規定し、同法第一三条を準用し、占有者は、正当な理由のない限り、立ち入りを拒み又は妨げてはならないこととし、これに違反した者に対しては、同法一四三条で罰則を設けていることは、原告主張のとおりである。

しかし、起業者に土地物件調書の作成を義務づけたのは収用委員会の審理における手続上の便宜に資するものであつて、右各調書の作成に右立ち入り測量、調査を要件とするものではなく、右作成のための調査には相手方の協力を必要とするものであるから、相手方が現地への立ち入りを拒むなど協力義務に違背するときは、現地に立ち入ることなく、航空写真により現地の地形、地物、物件の存在、それらの間の距離、角度、傾斜などを判定し、対岸等現地を観望しうるところから現地の地形、地物などを観望して距離、角度、傾斜を測量し、現地に存在する物件について先に実測する等して判明している長さ、距離など、および先に物件の全部一部について実測、測量作成していた図画、土地精通者からの事情聴取等によつてえた資料などを比較検討綜合して作成することも差支えないものと解するのを相当とする。

本件各調書作成の後に設けられた同法第三七条の二(昭和三九年法律第一四一号で追加)で、起業者は、土地所有者、関係人その他の者が正当な理由がないのに、右立ち入りを拒み、又は妨げたため測量又は調査をすることが著しく困難であるときは、他の方法により知ることができる程度でこれら調書を作成すれば足るものとする旨を定めたことは、前記趣旨を明確化したにすぎず、同法条を設ける以前においても、右のような方法によることを排除する趣旨のものではなかつたものと認められる。また、前記第一三条、第一四三条が叙上趣旨に反するものとも認められない。

そして、起業者が右各調書作成のため、立ち入り測量、調査をしようとしたところ、原告らは本件収用地の内外にいわゆる蜂の巣砦を構築し実力をもつてこれを阻止し、立ち入り並びに調査、測量を拒み妨げたことは、証人渋谷徹弥、同赤崎勇の証言によつて認められるのみならず、当裁判所に顕著な事実であるから、右各調書作成にあたつて、起業者が立ち入り測量、調査をすることなく、航空写真、遠隔測量等の方法によつて作成したとしても、その故をもつて、右各調書が違法無効のものであるとはいえない。

証人森純利の証言により成立の真正を認めうる甲第五号証も右認定に反するものではない。

以上のとおり原告の土地物件調書作成手続についての違法の主張は理由がない。

(二)  同主張(二)の土地調書、物件調書の内容が不正確であるとの主張につき。

(一)において述べたとおり原告ら主張の物件調書作成手続上のかしの主張は理由がなく、証人渋谷徹弥、同赤崎勇の証言により真正に成立したと認められる乙第六、七号証の各一ないし三の記載内容と右の証言によると、右土地物件調書の作成には手続上のかしのなかつたことが認められる。したがつて、前述のとおり、原告らは調書の記載事項の真否についての異議権は制限されているのである。これをここに敷衍すれば、

1 土地収用法第三八条によると、「土地調書および物件調書につき、関係人は同法第三六条第三項の規定によつて異議を附記した者がその内容を述べる場合を除くの外前二条(昭和三九年法律第一四一号で前三条と改正)の規定によつて作成された土地調書および物件調書の記載事項の真否について異議を述べることができない。ただし、その調書の記載事項が真実に反していることを立証するときはこの限りでない。」と規定し、同法第三六条第三項によると、「土地所有者および関係人のうち、土地調書および物件調書の記載事項が真実でない旨の異議を有する者は、その内容を当該調書に附記して署名押印することができる。」旨規定されている。

しかし、本件土地調書、物件調書について原告らが、右第三六条第三項の規定によつて異議を附記したことは、原告らにおいて主張はなく、また同事実を認めるにたりる証拠も存しないのみならず、証人渋谷徹弥、同赤崎勇の証言および前記乙第六、七号証の各一ないし三によると原告らは右署名押印を拒んだことが認められる。

このように同法第三六条第三項による異議申立権による附記の行使をせず、署名押印すら拒んだ者に対して同法第三八条の効力が及ぶかどうかであるが、当裁判所はこれを積極に解する。その理由は右第三八条の文理上の解釈として右の場合をも含ましめるほうが文言に忠実であるし、法理上も立会の権利も異議申立権も放棄した者に対し本条但書による救済のほかに格別の特権を与える必要はないと考えられるからである。

2 そこで、本件土地調書、物件調書の記載事項が真実に反していることの立証の存否について調べてみる。

(1) 土地調書につき。

イ 原告らは、土地調書は土地の境界、地積共真実とは著しく相違している旨主張するが、原告室原知幸本人の供述のみをもつてしてはこれを認めるに充分でなく、他に同事実を認めるにたりる充分の立証がない。

ロ 原告室原是賢の送電線鉄塔の所在地に関する主張についてみるに、成立に争いのない乙第九号証、証人斉藤寿、同佐分利三雄、同渋谷徹弥、同赤崎勇の証言、証人渋谷徹弥、同赤崎勇の証言により真正に成立したものと認める乙第六号証の一、二、検証の結果を綜合すると、土地調書には熊本県阿蘇郡小国町大字黒淵字天鶴五八二五番の一、および字鳥穴五八二八番の一地上に、いずれも権利者の氏名、九州電力株式会社、所有権以外の権利の種類および内容、賃貸借による権利工作物設置のため、実地の状況・契約期間二〇年鉄塔所有者と記載され、同調書添付図面には同会社の送電線鉄塔が右五八二八番の一と収用外の土地上に存在するように記載されていること、および右図面記載の鉄塔表示の位置は右鉄塔の支柱脚の接地地点となつていること、並びに同位置は右五八二八番の一の隣接地である右五八二五番の一に接し、右鉄塔の支持物の設置管理に必要な部分は右五八二五番の一にもおよんでいること、およびこのため右調書に右五八二五番の一についても、前記のように記載されたものであることが認められ、右認定を覆えすにたりる証拠はない。

右認定事実によると、右調書と付属図面との間に矛盾あるものとは認め難く、右五八二五番の一を右土地調書に掲記したことが真実に反するものとは認められない。

ハ 原告室原是賢の、収用地の境界と地積に関する主張についてみるに、原告室原是賢は前記字天鶴五八二五番の一の土地以外の土地については、右五八二五番の一に関係ある部分を除き、右地積の誤差を主張する法律上の利益はなく、また、原告室原知幸本人の供述によつても右五八二五番の一は勿論その他の土地関係についても右主張事実を認めるに充分でなく、他に同事実を認めるにたりる証拠はない。

(2) 物件調書につき。

イ 原告らの立木に関する主張、および原告室原是賢の杉三二本の欠如に関する主張についてみるに、物件調書に前記字天鶴五八二五番の一の土地内にある杉三二本の記載がなかつたことは被告においてこれを認めて争いがないが、その他原告ら主張の数量の相違の点については、これを認めるにたりる充分の証拠はない。

ロ 原告ら主張の建物約二〇棟の記載の欠如について、証人渋谷徹弥、同赤崎勇の証言により成立の真正を認めうる乙第七号証の一ないし三によると、物件調書には合計四七棟の建物が記載されていることが認められる。しかし、原告らが主張するように、土地細目公告前に存在していた家屋約三〇棟の内一〇棟を記載するのみで約二〇棟の記載を欠いていることについては、これを認めるにたりる証拠は存しない。のみならず、原告室原是賢は、その主張に照らし、右物件および後記ハ、の物件については、物件調書の違法を主張する法律上の利益があるものとも認められない。

ハ 原告ら主張の給水管などの長さに関する主張についてみるに、これらの物の数量、その他工作物の記載も実際と著しく相違していることについてはこれを認めるにたりる証拠はない。

3 以上のように物件調書は杉三二本についてその記載事項が真実に反しているほか、その他の事項が真実に反していることの証拠はない。

そこで右杉三二本の記載を欠ぐ物件調書の効力であるが、前述のとおり物件調書はその作成手続においてかしはないのであるから、たとえ右杉三二本について真実に反する記載事項があつたとしても、そのことから物件調書が無効になるものではない。しかも前認定のとおり、原告らは被告の現地調査にあたつて現地立入を実力をもつて阻止したため、被告はやむなく現地立入調査に代わつてなした調査に基づいて物件調書のとおりの物件移転に伴う損失補償の裁決をなしたのであつて、右の事実関係からすると、右杉三二本を雑木と誤認したことはやむを得なかつたと認められる。したがつて、物件調書の無効を前提とする原告らの主張は理由がないし、また、杉三二本を除く他の物件についての裁決が違法となるわけではない。

二  二の審理手続が違法であるとの主張について。

(一)  同主張(一)の申請手続が違法であるとの主張につき。

証人佐分利三雄、同福田虎亀の証言および証人福田虎亀の証言により成立の真正を認めうる乙第一三、一四号証同第二四号証(申請書本文につき成立に争いがない)を綜合すると、本件裁決申請は、被告主張二、(一)、掲記の経過によつて申請手続、補正、受理されたことが認められるが、同申請手続が違法であることについては、その手続のいかなる点が違法であるかについて具体的に主張もなく、また違法の事実について立証も存しないから、原告の右主張は採用しえない。

(二)  同主張(二)の現地調査に関する違法の主張につき。

証人福田虎亀、同佐分利三雄、同森純利、同渋谷徹弥の各証言、証人渋谷徹弥の証言により成立の真正を認めうる乙第二〇号証の一、二、証人福田虎亀の証言により成立の真正を認めうる乙第二五ないし第三〇号証、検証の結果を綜合すると、被告は、昭和三八年一一月二六、二七日土地収用法第六五条第一項第三号により、収用を求める土地の範囲、状況、補償すべき物件などを現地において確認すべく、現地調査を行なつたが、原告らは、収用申請地の内外にいわゆる「蜂の巣砦」を築き、土地の周辺に柵を造り鉄条網をはりめぐらし門を閉めるなどして被告の同土地への立ち入りを実力をもつて阻止した。

このため、被告は、右土地へ立ち入ることができなかつたため、被告は同土地の北側を流れる津江川左岸、右砦から五、六〇ないし八〇米位の位置など右土地を望見しうるところから、望遠鏡をもつて右土地、物件を望見し、写真を撮影し、ヘリコプターを飛ばして上空から写真を撮影するなどをなして、調査をなしたものであることが認められる。

ところで、土地収用法第六五条第一項第三号は、現地について土地または物件を調査することと規定されており、特に調査の方法について定めていないから、その方法は直接、間接、或いは現地に立ち入り踏み分け測距測尺をなしまたは望見によるなどの方法によつてなしうるものというべきであつて、右土地に立ち入ることが現地につきなされる調査の要件となるものでもなく、立ち入らなかつたことが、現地につき調査がなされなかつたことになるものとも認められない。

もとより、現地に立ち入り土地物件に接し或いは至近距離またはあらゆる角度から、見分して調査することはより望ましいことではあるけれども(同事実も、結局は、望見との間において距離と角度の長短大小の差があるにすぎない。)、前記認定事実によれば、原告らにおいて右立ち入りを阻止したため被告の立ち入りができなかつたものであつて、前顕証拠によると被告は右現地につき、直接に、当時としては可能ななしうる限りの方法によつて、一応の調査をなしているものと認められるから、原告らの右主張も採用しえない。

(三)  同主張(三)の審理参加権侵害の主張につき。

被告が本件裁決申請について昭和三八年二月二七、二八日松原、下筌ダム建設工事事務所第一出張所において、原告ら主張のように右工事事務所長から意見説明を聴取したことはこれを認めるにたる証拠はない。

もつとも、証人佐分利三雄の証言によると、収用委員であつた佐分利三雄が昭和三八年一〇月二六日右出張所において九州地方建設局の職員から本件事業に本件土地が必要か否かについて説明をうけたことが認められるが、被告として意見聴取をなしたものであることは認められない。

次に、被告が昭和三八年一二月二日熊本県庁内収用委員会室において原告ら主張の者から主張の事項について意見説明を聴取したことについてもこれを認めるにたりる証拠は存しない。

もつとも、同日被告が同所で、現地調査の結果につき会議中、たまたま来庁した起業者代理人から、先に提出済の「下筌ダム及び松原ダムの建設に関する基本計画書との関連についての意見書」について説明をうけたことは被告においてこれを認めて争いがない。

しかし、成立に争いのない甲第九号証、第二七号証、同第二九号証、乙第二号証、同第一六号証、証人佐分利三雄、同福田虎亀、同森純利の証言によると、右意見書は、同年一一月二六日起業者から土地収用法第六三条第一項の意見書として、被告に提出されていたもので事業計画と基本計画との間の相違につき説明をなす趣旨のものであつたが、前記説明をうけたのは審理の手続として説明をうけたものではなかつたこと、および右意見書は同年一二月九日開催された第一三回審理において陳述され、同意見書に対しては、昭和三九年二月一〇日第一五回審理の席上において原告らから同日付の意見書が被告に提出されていることが認められる。そして、前記説明をうけたことは、特に原告らに不利益を与えるなどの意図をもつてなされたものとは認められないし、また右審理の手続において被告が所有者、関係人らの出席なく右説明をうけたことについて何ら異議を述べたことも認められず、右説明をうけたことが当事者の公平を害するものであつたものとも認められない。従つて、被告が右説明をうけたことが、土地収用法第六二条、第六三条の審理公開の原則に反するものでもなくまた所有者関係人の審理参加権を侵害した違法の手続とも認められず、右説明をうけたことがあつたことによつて、本件裁決が違法となるものとはいえないから、右原告らの主張も採用しえない。

(四)  原告ら主張(四)の意見証拠の提出などの侵害の主張につき。

昭和三九年一月被告の委員数名が、東京、関西方面に赴き、内閣法制局、東京都および京都府各収用委員会を訪ね土地収用法の解釈に関する一般的意見の交換を行なつたこと、補償物件の評価の鑑定を鑑定人に命じたことは、被告においてこれを認めて争いがない。しかし、同事実が、原告らの審理参加権を侵害する違法な手続となるものではないから、右事実が裁決の違法をきたすものとは認められない。

次に、原告らは、被告は原告らの意見陳述をきかないで裁決した違法がある旨を主張するが、成立に争いのない甲第九号証、同第一一号証、同第一四ないし第三〇号証、乙第二号証、同第一五ないし一七号認、同第三五号証、証人森純利、同福田虎亀の証言、証人福田虎亀の証言により成立の真正を認めうる乙第八号証によると、次の事実が認められる。

被告は、本件につき昭和三七年一月一六日から昭和三九年二月二九日までの間に一七回にわたり審理期日を開いたが、昭和三八年一〇月二九日土地所有者、関係人らに対して同年一一月一五日までに意見書の提出を求めたところ、所有者、関係人らは被告に対し同年一二月一二日意見書の提出を命じられた理由について不審の点があり理由の説明をえて提出する旨の意見書を提出した。

他方、起業者は、同月二六日前記のように、下筌ダムおよび松原ダムの建設に関する計画の公示の内容と裁決申請書に添付した事業計画書の間の相違の説明に関する意見書を提出した。

原告らは、昭和三九年二月一〇日基本計画における治水と発電の両効果の客観的比較を求めるためおよび事業認定の計画と基本計画との効果の客観的比較を求めることを理由に、被告に対し被告主張二(四)(2)記載の資料を同記載の所持者から提出を求める旨の申出をなし、併せて、右理由を追て順次陳述する旨および理由の詳細を陳述するには右資料を検討する期間を必要とする旨の意見書を提出していたことが認められ、右認定を覆えすにたりる証拠はない。

以上認定事実によれば、被告は原告らに対し意見陳述の機会を与えており、これに対し原告らは右意見陳述をなしているものであつて、前記審理の期間などに照らしてその実体的内容についても陳述の機会がなかつたものとはいえないと共に、右のような資料の提出を求める旨の申出を採用すると否とは被告の裁量に基づくものであつて、発電計画の具体的内容、アロケーシヨンの問題は直ちに必要でないとして右採用をしなかつたことが、右裁量の範囲を逸脱したものとも認められないから、右採用をなさなかつたことが直ちに原告らの審理参加権を侵害したものとはいえないし、もとより、被告が故意に原告の審理参加権(意見、証拠の提出)を侵害してなした違法手続であることを認めるにたりる証拠はない。よつて、右原告らの主張も理由がない。

三  原告室原知幸の補償決定に関する違法の主張について。

原告室原知幸は裁決における損失の補償の違法を理由として裁決の違法を主張し、被告は、土地収用法第一三三条、第一三二条により収用委員会を被告とする裁決取消訴訟では損失の補償の違法を主張することは許されない旨主張する。

土地収用法第一三三条によると、収用委員会の裁決のうち、損失の補償に関する訴は、これを提起した者が起業者であるときは土地所有者または関係人を、土地所有者または関係人であるときは起業者を、それぞれ被告としなければならない旨規定し、同法第一三二条第二項では、収用委員会の裁決についての審理請求においては、損失の補償についての不服をその裁決についての不服の理由とすることができないと規定している。

右規定によると、収用委員会の裁決のうち、損失の補償に関する不服は、補償の金額上の争いに限らず、補償の範囲決定についてもこれを裁決に対する抗告訴訟とは別個の訴訟手続によらしめることにしたことが明らかであるから、原告らの損失補償を理由とする主張はその内容について審理するまでもなく失当であるのみならず、次に認定するとおり実質的にも原告らの主張は理由がない。すなわち、

(一)  物件立木の評価方式について。

1 移転物件の運搬費の計上につき。

運搬費の算定につき、いずれも主張物件の移転先を志屋部落までとして算出していること、事業計画によれば同部落は本件事業計画によるダムの設置によつて水没することとなつていることは被告において明らかに争わないところである。

ところで、移転すべき物件の移転先は、収用裁決における移転の趣旨に徴し、単に当該収用すべき土地から他の土地に移動せしめることでたりるというものではなく、全体として通常妥当と認められる移転先に移転せしめるべきものと認めるのを相当とし、このことは、証人渋谷徹弥の証言によつて成立の真正を認めうる乙第一八号証によつてもこれを認めることができる。

そこで、証人福田虎亀、同渋谷徹弥の証言、および本件収用裁決によると、本件収用裁決では志屋部落そのものの土地を収用することとなつているものではなく、同土地が直ちに水没することになるものとは認められないし、同部落は本件裁決当時原告室原知幸の住居地であつたことが認められるからそうすると、右移転先を志屋部落としたことは、物件の所有者である原告室原知幸が同物件を支配するにつき、特段の事情のない限り、同原告にとつて最も便宜と考えられ、右物件を右水没地以外の他の場所に移動せしめることが原告の同物件に対する支配に便宜であることなど他に格別の事情の認められない本件においては、右移転先を志屋部落としたことは、妥当と認められ、同地を移転先として運搬費を評価算出したことは不法とはいい難い。

2 再築費につき。

証人福田虎亀、同渋谷徹弥、同赤崎勇の証言、証人福田虎亀の証言により成立の真正を認めうる乙第三〇号証、検証の結果を綜合すると、補償の対象とされた建物工作物は、いずれもダム建設反対のために殊更に同地上に構築された板で夜露をしのぐ程度の、仮設の小屋であつて一般に住居等に使用されるものではなく、原告らとしても同建物は同所に存在することにおいて存在価値があるものであつて、その材質の点からしてもこれを解体して再築することは技術上も困難なものであつたことが認められる。

してみると、特段の事情のない限り、原告らにおいても移転先に移動改築する趣旨とは認め難く、右特段の事情の認められない本件においては、右工作物の補償として再築費を見積らなかつたことをもつて、直ちに、不法とは認められない。

(二)  物件所有者誤認の主張について。

電波管理局長作成部分につき成立に争いがなく、その余の部分につき弁論の全趣旨により成立の真正を認めうる甲第四号証、九州電力株式会社証明部分につき成立に争いがなく、その余の部分につき証人森純利の証言により成立の真正を認めうる甲第八号証によると、収去の対象となつた建物に対する電気供給は九州電力株式会社から室原知彦名義でうけていたこと、有線電気通信設備設置届は原告室原知幸名義でなされていたことが認められる。

しかし、右事実から、直ちに、右収去の対象となつた建物に附設されていた電線、電灯、通信設備がすべて各右名義人らのものであつて同人ら以外のものであることを否定するものではなく、むしろ、特段の事情のない限り、建物所有者がこれに附設したものと認めるのが相当であり、証人赤崎勇、同渋谷徹弥の各証言、前記乙第七号証の一ないし三、によつて認められる事実に当事者間に争いのない事実を併せると、右建物は原告室原知幸外二名の共有であつたことが、認められ、右特段の事由を認めるにたりる立証はないから、建物の所有に従い右各設備の部分につきその所有を認めたことも違法とは認められない。

(三)  屋内動産の移転費用について。

原告ら主張のように、屋内動産が大量に存在していたことについてはこれを認めるにたりる証拠はない。

前記乙第一八号証、証人福田虎亀の証言によると、幾つかのゴザ、水がめ、鍋、ハンマー程度のものがあつたにすぎないこと、および、原告らにおいて被告の立ち入り調査を拒否し、また原告らは、被告の物件に関する意見書提出命令にもかかわらず、所在物件の明細をも明らかにしなかつたため、被告としては、やむをえず、通常行なわれている補償基準によりかつその最高額である金三万円を補償することとして裁決したものであることが認められるから、右のように動産の移転費用を定めたことについて違法とは認められない。

(四)  補償評価、一七棟の建物について。

証人福田虎亀の証言によると、被告は、できる限り、物件を特定し位置形状などを確認して補償決定をなしていることが認められ、右存在、位置形状などを無視して補償額を決定したことを認めるにたりる証拠はない。

更に物件中建物については、存在しない一七棟の建物について補償をなした旨主張するが、同事実を認めるにたりる証拠はない。のみならず、仮に、そのようなことがあつたとしても、原告らにとつて、必ずしも不利益となるものではないから、同事実を理由に本件裁決の不法を主張することはできない。

四  原告ら主張四の事業認定申請書に添付された事業計画と収用申請にかかる事業計画が著しく異なるものであるとの主張について。

成立に争いのない甲第二七号証、乙第四、五号証、同第二三号証、証人佐分利三雄、同赤崎勇、同福田虎亀、同副島健の証言、申請書本文につき成立に争いがなくその余の部分につき証人赤崎勇の証言により成立の真正を認めうる乙第二四号証を綜合すると、次の事実を認めることができる。

昭和三四年九月二日付事業認定申請書に添付された事業計画に記載された計画によると、松原、下筌ダムは、洪水調節という治水効果を主目的とし副次的に発電効果をも考慮に入れて計画し、洪水期(六月から九月まで)には両貯水池の水面を制限し水位を下げ或いは貯水する等調節して洪水に備え一〇月から翌年の五月までの間は専ら発電に利用し年間約一三万四、五〇〇キロワツト時の電気を起すべく、その治水効果としては、基準地点長谷(大分県日田市の下流)における調節前高水流量毎秒八、五〇〇立方米、を調節後毎秒六、〇〇〇立方米に低下させるため、その上流にある右両ダムの貯水池で、調節前毎秒三、八〇〇立方米の高水流量を毎秒一、一〇〇立方米に低減させるべく、毎秒二、七〇〇立方米の調節ができることとすること、および発電効果として、概略、次のような発電計画をなしていた。

下筌ダム   松原ダム

一 型式           ダム式    ダム水路式

一 出力(キロワツト)

最大             一三、九六〇 二六、〇六〇

常時              一、七〇三  三、八四三

常時尖頭            五、一一〇 一一、五二九

渇水期平均           五、四六〇  九、八六〇

渇水期尖頭           八、七三〇 一八、一〇四

一 発生電力量(M、W、E) 四九、二三二 八五、二四九

一 一一月~二月(渇水期)  一五、七五九 二八、四三四

他方、収用裁決申請にかかる事業計画についてみるに、昭和三六年四月二七日付同申請書には、前記事業認定申請書に添付された事業計画に記載された計画と同一内容の計画が事業計画として提出申請されたが、その後である昭和三八年一一月二〇日特定多目的ダム法第四条第一項の規定により下筌ダム、松原ダムの建設に関する基本計画が作成告示され、同計画内容が本件収用裁決申請の事業計画となり、かつその内容は、次のようになつていた。

両ダム建設の目的は、洪水調節と発電を目的とし、洪水調節は両ダムによつて松原ダムの建設される地点における計画高水流量毎秒三、八〇〇立方米を毎秒一、一〇〇立方米に調節し、下流長谷地点の計画高水流量毎秒八、五〇〇立方米を毎秒六、〇〇〇立方米に低減させること、および発電は両ダム建設によつて新設される下筌発電所、松原発電所、轟発電所においてそれぞれ最大出力一万五、〇〇〇キロワツト、五万〇、六〇〇キロワツト、四万五、〇〇〇キロワツトの発電を行なうこととし、ダム使用権の設定予定者を九州電力株式会社(発電)とするなどであつた。

右両ダム建設に関する基本計画が作成告示されるにいたつたのは、ほぼ被告主張四(一)の経緯によるものであつた。

以上の事実を認めることができる。

以上の認定事実によると、いずれも洪水調節を目的とし、かつ事業認定申請書に記載された計画においても、副次的にもせよ、発電をさせる目的で発電の効果を考慮に入れて計画しているものというべく、単純な治水目的のみのダム建設であつたものとは認め難い。

もとより、右計画における発電を目的とする部分について、多目的ダム法第四条第一項所定の各事項が当時すべて定められ記載されてはいなかつたけれども(同事実は被告において認めるところである)、右計画に記載するにつき右条項の各事項がすべて定められかつ記載されていないからといつて発電を目的としたものといえないものではない。

従つて、前者は単に治水を目的としていたもので、治水と発電を目的とする後者においては、目的に異同を生じたものであるとする原告らの主張は採用しえない。

そして、求める治水効果については両者の間に差異はなかつたものである。

次に、右事業認定申請書に記載された計画における発電計画と収用裁決申請にかかる事業計画における発電計画との間には、前記のように、前者に比して後者においては、両ダムによつてえられる発電の最大出力が全体として増加し、後者の下筌発電所による発電の最大出力は前者の下筌ダムによるそれに比して一、〇四〇キロワツト、後者の松原発電所による発電の最大出力は前者の松原ダムによるそれよりも二万四、五四〇キロワツト増加した数字となつているが、右差異は、計画全体において、計画に著しい変更があつたものとは認められない。

してみると、右事業認定計画書に記載された計画と収用裁決申請にかかる事業計画との間には、土地収用法第四七条第二号に定めるような著しく異なるときに該当するものとは認められないから、同条項該当を理由に収用裁決申請を却下すべきであつたとして、本件裁決の取消を求める原告らの主張も採用できない。

五  原告ら主張五の事業認定が違法無効であるから同事業認定を前提としてなした本件収用裁決は違法であるとの主張について。

本件収用裁決の前提となつた事業認定については、原告室原知幸は東京地方裁判所に対し右事業認定無効確認請求訴訟を提起し、同裁判所昭和三五年(行)第四一号事件として係属したが、昭和三八年九月一七日右請求棄却の判決の言渡があり、同年一二月一一日右判決は確定したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一号証の一、同第三号証、同第二三号証によると、原告室原知幸所有の字天鶴五八二五番地の一山林三反四畝二七歩も右事業認定によつて起業地と認定されていたことが認められ、原告室原是賢は右五八二五番地の一の山林を原告室原知幸から昭和三九年二月一〇日贈与をうけ同土地の所有権を取得し同年三月一七日所有権移転登記をなしたことは、前記のように、当事者間に争いのないところである。そして、当裁判所は土地収用の事業認定は、土地区画整理事業計画決定が一般的抽象的であるのと異なり、具体的な事業に収用権を設定する行為であつて、反対の利害関係人から争うに値する具体的処分の性格を有しており、したがつて出訴の対象となると解する。

してみると、原告室原知幸は右判決の既判力によつて右事業認定の違法を主張しえないものというべきである。

また、事業認定は、特定の事業のため収用、使用する起業地についてなされるものであるから、原告室原是賢は、右事業認定の対象となつた起業地の口頭弁論終結後の承継人として右判決の既判力の効力をうけ、右土地所有者として右事業認定の違法を主張しえないものというべきである。

よつて、右事業認定の無効を主張しこれを前提として本件収用裁決の違法を主張する原告らの右主張は、爾余の争点について判断するまでもなく採用しえない。

六  原告ら主張六の憲法第二九条第三項違反の主張について。

(一)  被告は、土地収用法の手続により事業認定がなされたものであるから、憲法第二九条第三項にいう公共のために用うる場合に該当するものというべきで、被告は公共の福祉に合致するか否かを判断する権能を有しないと主張する。

土地収用法第三条第二〇条で被告主張のように定めていること、事業認定について認定官庁が事業の公共性について判断をなすことは被告主張のとおりである。

ところで、事業認定庁の公益性の認定が収用委員会を拘束するのは行政庁相互間の権限の帰属の関係であるから、たとえ事業認定について不服申立および出訴の権利を失つたとしても、その形式的確定力は事業認定に内在する違法を違法なしとして確定する効力があるものではなく、したがつて、収用委員会の審査権限のいかんにかかわらず、事業認定庁の処分の違法は収用委員会の収用裁決の違法として承継され、当該裁決に対する行政訴訟においては公益性のないことを理由に事業認定庁の違法をも争うことができるものと解するのを相当とする。

しかし、事業認定の違法を理由にその無効ないし取消の訴訟を提起し、その訴訟において原告の請求の理由のないことの判決が確定したときは、その判決の効力により収用委員会の収用裁決を争う訴訟においては、もはや事業認定の違法を主張することは許されない。本件事業認定については前記のとおり、原告知幸敗訴の判決が確定しているので、原告らは本訴において事業の公益性についてはこれを争いえないといわなければならない。

よつて、この点に関する原告らの主張は理由がないのみならず、実質的に検討しても次の(二)において判断するとおり原告らの主張事実は失当である。

(二)  原告主張の個々の事実についてみるに、成立に争いのない乙第三ないし第五号証、同第一九号証、同第二三号証、証人副島健の証言並びに同証言により成立の真正を認めうる乙第三四号証および前記乙第二四号証を綜合すると、次の事実を認めることができる。

1 計画高水量策定について。

原告らは長谷地点における洪水期の高水量は毎秒九、〇〇〇立方米ないし一万立方米であつたのに、これを毎秒八、五〇〇立方米としたのは合理的でない旨主張するが、起業者が過去の経験的要素を加味して毎秒八、五〇〇立方米として策定したことは一応妥当と認められると共に、土地の利用状況等により出水状況が異り本件各ダム地点の下流において高水量が多少増加することがあつたとしても、他にダムを設置する等の方法によつて高水量を調節する方法を講ずる必要があることは格別、右高水量の差異あることから、本件ダムによつて毎秒二、五〇〇立方米を調節しようとする同ダムの建設が公共性を欠くことになるものでもない。

2 ダムの配置について。

筑後川がその上流において大山川、玖珠川の二支流に分れること、および松原下筌両ダムが大山川筋に設置されるものであることが認められる。

しかし、右計画においては、一〇〇年に一度とも考えられる右両流域全般にわたつて非常に強い連続降雨があり稀にみる大規模の洪水であつた昭和二八年の洪水時の数値を考案して計画を立てており、両流域の位置、形状、地勢等からして両流域の気象条件に特に雨量に差異あるものとは認められず、原告ら主張のように玖珠川筋に比して大山川筋に雨が少く、筑後川上流域に雨が少く、中下流に降雨があり、右両ダムのみによつて筑後川中下流部の洪水調節がなしえないことがあつたとしても、それ故に本件両ダム建設の公共性を欠くこととなるものでもない。

3 ダムサイトの地質について。

両ダムサイト、殊に下筌ダムサイトの周辺には温泉変質作用をうけたところはなく(同作用をうけたところは同地点から約二粁上流に巾約五〇〇米にわたつて帯状に存する。)、同ダムサイトの地質は、割れ目は多いが岩質の堅い下筌熔岩といわれる安山岩と割れ目は少いが多少柔らかな小竹熔岩といわれる安山岩とからなり、ダム建設予定地点の河床部左岸側および右岸七割位の高さまで下筌熔岩で覆われ、右岸高い部分と左岸の一部が小竹熔岩となつているが、下筌熔岩の部分はセメント等を注入すれば申し分のないダム基盤となり、小竹熔岩の部分は人口式の重力岩板を置き換えることによつてダム建設について技術上克服しえない性質のものでないことが認められ、同地点にアーチ式ダムを建設することが甚だ危険であることを認めるにたりる証拠はない。

4 堆砂について。

ダム建設により、一般に、上流の土砂がダムに堆砂しバツクウオーターが上つてくることは、被告においてもこれを認めて争いのないところである。

しかし、大山川筋は他の川に比して土砂流は少いこと、下筌ダムの貯水容量は約五、〇〇〇万立方米で、ダム上流温泉変質作用をうけた部分から主として流出する土砂は約数万立方米と考えられ、貯水容量の約一、〇〇〇分の一に過ぎないものと推測され、またダム底に近い水門から排出する土砂も生ずることになることが認められ、同事実を覆えすにたりる証拠はない。右認定事実によると、原告ら主張の場所が右堆砂によつて水没する危険が多いものとも認められない。

5 ダム上流の災害について。

ダム設置に伴ない、一般的に、背砂の現象を生ずることは、被告において認めて争いのないところである。

しかし、本件ダムの背砂による河床上昇の有無程度はその予測も明らかでなく、洪水時に右河床上昇を伴ない、杖立温泉街に侵水の危険を生ぜしめるものであることを認めるにたりる証拠はない。のみならず、大山川の水位上昇をもたらす原因と考えられている、ダム貯水池予定地内にある九州電力株式会社の取水堰は撤去する予定であり、同様洪水を激化していると考えられている紅葉橋(アーチ式橋)も高水が触らぬよう架け替えを予定していることが認められる。

6 ダム下流の災害について。

原告らは長期降雨時には、計画放水量を上廻る水が流出することとなるから、下流は不測の出水となる旨主張するが、ダムの容量以上の長期降雨がありダムが満水となつても、ダムが正常である限り、最も多くとも自然流入量だけが流下することとなり、自然流入量以上の放水をするものでもないことが認められる。

放流時の衝撃波の影響については、放流に伴ない当然に災害を生じるような衝撃波を生じるものではない。もつとも放流時に水門の操作を誤つた場合は格別、通常そのような事態が生じるものとは考えられないし、操作上の誤りが起りうることを理由に直ちにダムの公共性を否定しうるものでもない。

ダム設置に伴ない、原告ら主張のように、ダム下流に、井戸水、灌漑用水取入口が旧状で使用しえなくなる程の河床低下が起り、灌漑用水として使用できない程の、朝夕だけの水量と冷水が放流されるものとも認められない。また、現在、ダム下流約一〇粁以上のところに農業用水堰があり、その間の流域にある水田は山の谷川の水を直接灌漑用水に使用しており、本件ダム建設地下流の水を直接灌漑用水として使用していないことが認められるから、右水田については右冷水による農作物への被害が生ずるものとも認められない。

7 防水と発電について。

原告らは本件ダムによる発電計画は防災の効果を減少せしめるだけでなく、却つて災害を激化せしめるものであると主張するが、同事実を認めるにたりる証拠は存しない。

また、発電が専ら私企業において行なわれ電気料金は企業採算のえられるもとに決定され、株主に対する利益配当が行なわれ電力は無料でないなど原告ら主張の事実があることによつて発電の公益事業性および計画の公共性を否定しなければならないものではない。

以上1ないし7の認定事実を綜合してみても、右ダムには治水の効果が全くなく災害を起す可能性の極めて多いものであるとは認められず、更に、本件ダムが、電気事業者である九州電力株式会社の利益のみをおもんばかりまた北九州・有明工業地帯の工業用水確保のため計画決定されたものであること、および熊本県などの地域住民の負担において同地域農民から農業用水を奪取して右会社、大企業の工業用水確保のために建設しようとするものであることを確認するにたる充分の証拠は存しない。

前顕証拠並びに叙上認定事実によれば、右両ダムは治水および発電の公共の目的のために建設されようとするもので、本件収用裁決は同ダム建設のため用地の収用をなすものであるから、本件収用裁決が公共の福祉によらず私有権を侵害したもので憲法第二九条第三項に違反するものとも認められない。

(三)  原告らは、正当な補償がなされていないものがあるから憲法第二九条第三項に違反する旨主張する。

しかし、土地収用法における補償に対する不服は前に説示したとおり、損失補償に関する別個の訴訟手続で主張すべきであるから原告らの主張はすでにこの点で理由がないのみならず、原告らが正当補償のないと主張する熊本県阿蘇郡小国町黒淵字天鶴五八二五番地の一の土地は原告らの所有であるのに訴外穴井マサオ外二名の所有として収用裁決したとの点は、前掲原告らの主張並びに収用裁決書によつても、右土地は原告室原知幸の所有として収用裁決をしたこととなつているから、右主張は採用の限りでないし、また収用裁決の対象となつた建物はすべて原告ら単独の所有物であるのにこれら建物をその他の関係者の共有物として収用裁決をして原告らに対し正当な補償をしなかつたとの点は、前記三(二)認定事実に照らし、右原告ら主張事実を認めるにたりる証拠はなく、その他全然補償なく収用した相当の部分の存在についても具体的に主張立証はない。してみると、右原告らの主張も採用しえない。

七  以上認定事実によると、本件収用裁決の取消を認めうべき違法は認められないから、右収用裁決の取消を求める原告らの本訴請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 後藤寛治 菅浩行 矢野清美)

(別紙)

裁決書

主文

一 収用する土地の区域は、次のとおりとする。

土地の所在

地番

地目

公簿上の地積

実測地積

収用する土地の面積

土地所有者氏名

土地台帳

現況

熊本県阿蘇郡小国町大字黒淵字天鶴

五八二五の一

山林

山林

五畝

四反五畝二五歩

三反四畝二七歩

室原知幸

〃字鳥穴

五八二七の三

山林

山林

八畝

七反二畝二三歩

七反二畝二三歩

穴井紀

〃〃

五八二八の一

原野

山林

二一歩

三反一〇歩

三反一〇歩

穴井マサオ

〃〃

五八二八の二

山林

山林

七畝

三反九畝一八歩

三反九畝一八歩

穴井昭三

〃〃

五八二九

山林

山林

八畝

一町二反六畝二五歩

一町二反六畝二五歩

末松アツ

(別添図面中赤色線により表示する区域)

二 損失の補償は、次のとおりとする。

土地所有者 関係人 室原知幸に対し、

金 四拾壱万参千九百六拾壱円也

土地所有者 穴井紀に対し、

金 壱百七拾参万四千七百五拾弐円也

土地所有者 穴井マサオに対し、

金 弐拾六万六千四百弐円也

土地所有者 穴井昭三 関係人 穴井隆雄の両名に対し、

金 四拾七万七千六百七拾参円也

土地所有者 末松アツに対し、

金 壱百九拾四万四百五拾七円也

関係人   穴井隆雄に対し、

金 壱拾弐万六千六百弐円也

関係人   末松豊に対し、

金 壱拾弐万六千六百弐円也

関係人   九州電力株式会社に対し、

金 弐百八拾参万円也

右損失補償金額の内訳は、別表第一のとおりである。

三 収用の時期は次のとおりとする。

昭和三十九年四月五日

四 土地収用法(昭和二十六年法律第二百十九号。以下「収用法」という。)第百二十六条の規定により、起業者が負担すべき金額は、次のとおりとする。

鑑定人八名の旅費及び手当

金 壱拾六万弐千参百拾円也

事実

第一、裁決申請

昭和三十五年四月十九日事業の認定の告示があり、昭和三十五年五月三日に土地細目の公示があつた「筑後川総合開発に伴う松原、下筌両ダム建設事業及びこれに伴う附帯事業」について、起業者建設大臣は、収用法第四十条の規定による協議が不調であつたとして、昭和三十六年四月二十七日当収用委員会に対し、収用の裁決を申請した。

第二、裁決申請の要旨

1、収用しようとする土地の所在、地番、地目及ば面積

別表第二のとおり

2、収用しようとする土地にある物件の種類及び数量

別表第三のとおり

3、土地所有者及び関係人の氏名及び住所

別表第四のとおり

4、損失補償の見積及びその内訳

別表第五のとおり

5、収用の時期

裁決の日より二十日を経過した日

第三、土地所有者、関係人が審理及び意見書において申し立てた事項の要旨は次のとおりである。

一、本件裁決申請に係る事業は、多目的ダムの建設事業であるから、特定多目的ダム法(昭和三十二年法律第三十五号、以下「ダム法」という。)第四条に規定する基本計画の作成をまつて始めて法的根拠を得、これにより具体的に工事着工の運びとなるべきところ、基本計画はいまだ作成されておらず、従つて起業者が事業計画でいうところの多目的ダムなるものは実質を伴わないものである。このような段階で私権を制限消滅せしめることは公権力の濫用である。又、基本計画が作成されていない現在、法的に多目的ダムとはいえず起業者は、基本計画が作成されていないものだから「現在は、河川法第八条に規定する直轄河川の直轄工事である。」といつているが、そうなると多目的ダムのつもりで事業の認定を受けながら、現在では、河川法第八条に規定する直轄工事として裁決の申請を行なつていることになるから、事業認定を申請した当時の計画と現在の段階における計画とは、質的に相違してくる。

従つて、収用法第四十七条第二項の規定に該当し却下されるべきである。

なお、ダム法第四条に規定する基本計画は、裁決申請後、昭和三十八年十一月二十日に至り、公示されたのであるが、基本計画の作成がなく具体的な裏付けを欠いでいた事業認定申請書に添付された事業計画書記載の事業計画と、現実に遂行される現在の計画とは質的に相違している。収用法第四十七条の規定の趣旨は土地収用の段階的手続が、事業計画の一部変更などにより逸脱されることを防止しようということにあるとすれば、本件の場合、比較すべき二つの事業計画中、一方のそれが法的評価において不備、不完全であることは、まさに土地収用の段階的手続の逸脱であり、収用法第四十七条の規定により却下すべき好例のものである。また両計画の具体的内容においても量的に相当な相違があり、更に多目的ダムは治水が主目的であると断ずるためには、自然科学の専門家において治水と発電の両効果の判定を得、検討資料を入手したのち、本件申請を収用法第四十七条により却下することの可否を論ずべきものである。

二、本件裁決申請は、適法な協議がなされていないから却下されるべきである。

(1) 起業者は、昭和三十五年二月十六日河川予定地制限令告示後、昭和三十五年五月二日土地細目公告以前に設置した建物等、工作物については、公用制限に違反したものであるから、補償の必要はないとしてこれ等を除外して、収用法第四十条に規定する協議を行なつたが、このことは、昭和三十三年八月十三日法制局一発第二四号計画局長あて、法制局第一部長回答にもあるとおり補償をすべきものであるから、これ等の物件を除外して行なつた協議は適法の協議とはいえない。

(2) 現地にある建物については、起業者が協議の相手方とした室原知幸、穴井隆雄、末松豊、末松アツの四名以外に五十七名の所有者があるにもかかわらず前記四名にのみ協議がなされている。又、電話設備、電灯設備について協議がなされていない。

(3) 協議書に補償金の支払時期及び土地引渡しの時期が記載されていない。

三、土地調書、物件調書は、次のとおり違法なものである。

(1) 望遠鏡、航空写真等立入り以外の方法により測量調査を行なつて作成された本件調書は、収用法所定の調書とはいえない。

(2) 境界は、実地に調査しなければ分らないものであり、恣意的に各筆の境界を推量して地積を算出し、調書に記載していることは違法である。

四、本件事業は「筑後川総合開発に伴う松原、下筌ダムの建設」であるとされているが、筑後川水系の総合開発計画はいまだ策定されておらず、また裁決申請に係る事業計画は、治水と発電の共同開発計画にすぎない。地下資源の開発、産業開発等が問題とされるや、起業者のいう総合開発は雲散霧消のほかなく、又本件事業の主目的とされている治水効果は、机上の空論であり本件事業の完成をまつても筑後川中下流の水害は防除されず、かえつてダムの直上、下流に新たな人工災害が生ずるおそれがある。本件事業計画は妥当なものでない。

五、裁決申請に係る事業については、当該事業の開始につき許認可を得べきものはこれを得ており、又所定の手続を完了していることを要件とすべきであるか、本件においては、事業目的の一である発電に関して所定の許認可をいまだ受けていない。従つて法の保護を受くべからざるものであつて、本件裁決申請は、却下されるべきである。

なお、裁決申請書添付書類に、財源として「特定多目的ダム建設工事特別会計」と記載されているがなか内容が不明である。

このことは形式的に違法であり、実質審理に入るまでもなく却下さるべきである。

第四、起業者が審理及び意見書において申し立てた事項の要旨は、次のとおりである。

一、本件事業は、洪水調節を主目的とし、副次的に発電目的を兼ねるものとして、河川法(明治二十九年法律第七十一号)第八条第一項の規定に基づき建設大臣が「河川に関する工事」として直轄で施行すべく計画したものである。ダム法第四条に規定する基本計画の作成公示との関係は、ダム法第二条第一項の規定から明らかなとおり、工事を施行する権限規定は、あくまで河川法第八条第一項であつて、ダム法四条に規定する基本計画の作成公示により、新たに工事施行の権限が生ずるものではない。

昭和三十八年十一月二十日公示された基本計画においては、ダムの発電効果について、現在の電力需要に応ずるべく発電規模を再検討した結果、次のとおりの新計画となつたものである。

下筌発電所

松原発電所

最大使用水量

三〇、〇m3/s(一八、〇m3/s)

八五、〇m3/s(四二、〇m3/s)

最大出力

一五、〇〇〇KW(一三、九六〇KW)

五〇、六〇〇KW(二六、〇六〇KW)

備考「( )は旧計画であり、裁決申請書に添付された事業計画書に表示されているもの。」

なお、松原発電所の放流水はピーク流量となるため、下流一帯の水位変動の原因となるので、河川管理上、もとの自然流量にかえして放流する必要上、大山川とは別水路を設けて本川合流点まで導き放流することとし、放流地点の落差を利用して高取発電所を新設することにした。高取発電所は最大出力四五、〇〇〇KWの発電を行なうものである。

以上のとおり、事業認定申請書に添付された事業計画と基本計画との間に若干の相違がみられるが、これはもつぱら変容した電力界の事情によつて貯水池から発電用水の引き出し方を変えたためと、別水路で放流水を下流に導くこととしたためである。本件事業の主目的とする治水計画には、何んらの変更もなく、ただ発電計画において、電力界の事情によつて若干の変更が余儀なくされたもので、この程度の変更は、事業計画の全体からみれば軽微な変更にすぎない。従つて、収用法第四十七条第二号にいう事業計画が「著しく異なるとき」には、該当しないと確信する。

二、収用法第四十条の協議については、土地所有者、関係人は、ダム建設そのものに絶対反対であり、面会謝絶の態度であつて、本件協議の段階において如何なる条件を提示しようと協議に応ずる意思がなかつたことは、周知の事実である。

(1) 協議は、本件土地にあるすべての物件を移転の対象として行なつたものであり、協議文書中備考欄に「一〇棟」と表示しているのは、金額積算の明細として付記したにすぎず、協議対象物件の数量をいつているものではない。公用制限違反物件については、これを補償金積算の基礎から除外した理由は、建設大臣から河川法第二十二条に基づく更生命令が出され、所有者は、原状回復の義務を現実に負つており、この費用は河川法第三十四条第一項の規定により、命令を受けた者が負担することになつているためである。

(2) 協議の相手方は、土地については、登記名義人たる穴井隆雄、末松アツ、及び故人たる登記名義人の相続人である室原知幸を土地所有者と推定して協議した。

建物工作物等については、昭和三十五年二月十二日付所有権保存登記がなされた建物七棟及び昭和三十五年四月十九日付所有権保存登記がなされた建物十五棟は、室原知幸、穴井隆雄、末松豊の三名の共有となつている。その他の未登記の建物及び工作物等について、その設置状況、使用目的等が、登記されたものと同様である。従つて、これら登記されたもの、未登記のものを一括して前記登記名義人三名の共有と推定して協議を行なつた。

(3) 前記建物を利用している数十名の者については、ダム反対のため、収用法等の適用を妨げる目的で当該建物等を使用しているにすぎず、所有者であるとは認められない。又収用にあたり保護さるべき独立の経済的価値たる財産権の主体とはみなし難く関係人には該当しない。

(4) 協議書に補償金の支払時期と土地引渡時期の記載を欠いているということについては、起業者が行なつた協議は、諾否の本質的事項を示して、土地売渡物件移転について相手方の諾否の意思を問うたものであり、これに対し回答なく不承諾と解すべきである以上、更に補償金の支払時期等を重ねて協議することは、何等の意義もない、本質的事項についての不承諾をもつて、協議を不調とし、裁決申請を行なうのは適法である。

(5) 電話、電灯設備については、建物所有者がこれら設備の所有者であると考えるのが合理的であるから、建物所有者と同様三名の共有と推定して協議した。

三、土地調書、物件調書の作成にあたつては、航空写真測量その他の方法により現地の状況を適確に把握することができるから、立ち入り以外の方法により(一部は、立ち入つて調査した。)調書を作成したものであり適法である。航空写真による測量の方法が、信頼するに足る充分の科学性を有することは広く認められている。

各筆毎の境界については、土地所有者の協力はもとより、立ち入りすら拒否された場合は、登記添附図面、林相、字図、聞き込み等の可能なかぎりの方法により推定するほかはない。

四、「筑後川総合開発計画」の存否については、筑後川水系全体について治水に主体をおいた計画内容のもので「筑後川治水基本計画」として昭和三十二年二月決定されており、この意味において「筑後川総合開発」と呼称したものである。

五、収容すべき土地の区域にある九州電力株式会社所有の送電線鉄塔の移転については、次のとおり起業者と九州電力株式会社の間で合意に達した。

(1) 移転料は、弐百八拾参万円とする。

(2) 九州電力株式会社は、送電線鉄塔敷地に係る賃貸借による権利に対する補償は要求しない。

理由

当収用委員会は、本件裁決申請について審理、現地の調査、鑑定人の鑑定その他必要な調査検討を行ない。慎重に審査を重ねた結果、次のとおり判断した。

一、既述の第三の一において、土地所有者、関係人が主張した本件裁決申請に係る事業計画とダム法第四条に規定する基本計画との関係について判断するに、起業者が多目的ダムを建設しようとするときは、ダム法第四条の規定により、あらかじめ基本計画を作成し、同法第五条に規定するところにより公示等を行なつたのち、事業に着手すべきであるとの主張は、一応首肯し得らるるも、本件の場合、ダム建設の主目的である治水効果について変更がない以上、その事業の準拠法が河川法であろうとダム法であろうと、或いはまたその双方であろうとも、収用法第四十七条の規定からみて、直ちに収用法の規定に違反するものとして却下すべきものとは考えられない。

更に収用法第四十七条第二号に規定する「著しく異なるとき」に該当するか否かについて判断するに、起業者が昭和三十八年十一月二十六日付意見書により明らかにしたとおり、計画の具体的内容において、本件事業の発電効果が変更され、又本件事業に要する経費の財源も明確になつたことは事実であるが、本件事業の主目的である治水部門については、既述のとおり変更はなく、また発電効果に関する計画の変更については、電力需要等の変動に伴う計画変更の程度と認められ、又この計画変更により土地所有者、関係人等の権利関係に影響はなく、収用すべき土地の区域についても変動は来たさないものと認めるので、量的にも「著しく異なるとき」として却下すべきものとは認められない。

二、収用法第四十条の協議について、土地所有者、関係人は、「河川予定地制限令告示(昭和三十五年二月十六日)後、土地細目の公告(昭和三十五年五月二日)以前に設置された建物工作物について協議がなされず協議書に補償金の支払時期、土地引渡時期が記載されておらず、又土地所有者、関係人の総べての者に対し協議していない。従つて起業者が行なつた協議は、一部の物件について、一部の事項を、一部の土地所有者、関係人に対して行なつた違法の協議である。」と主張しているので、この点について判断するに、収用法第四十条に規定する協議については、収用法には、協議の方法等を規定した条文はないので、協議の適法性については、収用手続に関する規定全体からみて判断せざるを得ないと考える。

このような観点からすると、協議すべき事項は、収用法第四十八条第一項各号に掲げる裁決事項に対応する事項のすべてについて、協議を行なうのが妥当であり、このことは、協議が成立した場合収用法第百十六条第一項の規定により、収用委員会に対し協議の確認を申請する場合に確認申請書に記載すべき事項として同条第二項に掲げられている事項からも類推できる。

しかしながら、このことは不調に終つた協議を、結果からみて、起業者が行なつた協議が適法なものであつたかどうかを判断する場合においては、これら協議すべき事項の一部が協議されていないといつても、協議を段階的に、事項別に行なう場合もあり得るから、これをもつて、直ちに違法な協議とは断じられない。

なお本件の場合、土地所有者、関係人が事業絶対反対、面会謝絶の態度であつたことは、協議経過説明その他から充分認められ、起業者は、昭和三十六年四月十五日付協議書により協議を行ない、これに対し、土地所有者、関係人から何らの回答もなかつた事実に基づき、当収用委員会は、収用法第四十条の協議は不調に終つたものと認める。

更に土地所有者、関係人は、起業者がなした協議の相手方以外に、物件に関し、五十七名の所有者があると主張するが、これらの者が土地又は物件につき、如何なる権利関係にあるかについて当収用委員会は、収用法第六十五条第一項第一号の規定に基づき、昭和三十八年十月二十四日付をもつて、土地所有者、関係人の代理人に対し、この点を明らかにするよう意見書の提出を命じたが、権利関係を明らかにする意見はなく他に、これに関する立証もなく、又関係人と認定すべき資料もないので起業者が申し立てたとおり、登記簿等より類推せざるを得ず、裁決申請書に表示された土地所有者、関係人以外の者を本件についての関係人とは認められない。

三、土地調書、物件調書について詳細に検討したが違法は認められない。

四、土地所有者及び関係人が、却下理由として申し立てた事業計画の適否、事業の公益性の有無に関する事項については、昭和三十五年四月十九日収用法第二十条の規定に基づき事業認定がなされているので、当収用委員会が判断すべき事項ではない。

また事業認定処分の適否についても当収用委員会において、審議し判定する限りでない。

五、土地所有者、及び関係人は本件裁決申請書およびその添付書類の方式について欠陥があると申し立てるが、受理した本件申請について、方式に欠陥があるとは認められない。

なお、裁決申請書の添付書類第五号に記載された協議経過説明書中、九州電力株式会社に関する部分において記載に誤りがあつたが、これについては昭和三十九年二月十二日付意見書により明らかにされたことをもつて足りるものであると認める。

六、収用する土地の区域については裁決申請書、意見書の添付書類及びに現地調査の結果に照らし、本件裁決申請に係る事業の施行に必要であると認める。

七、損失補償額については、昭和三十九年二月四日から同月十日までの間に行なつた鑑定人の鑑定、近傍類地における取引実例等を、総合勘案して決定した。

関係人九州電力株式会社については、損失補償につき、起業者と合意に達し、両者連名により意見書が提出されたので当該意見書に表示された金額に決定した。

土地所有者及び九州電力株式会社以外の関係人からは損失補償の額についての意見はなかつた。

建物工作物の所有者は、起業者意見のとおり公簿等より推定し室原知幸、穴井隆雄、末松豊以上三名の共有とみなし持分の各々三分の一と認定した。

建物内部にある動産についても同様物件所有者を動産所有者と推定し補償額に算入した。穴井昭三の所有に係る五八二八の二の土地及び当該土地にある立木については、その一部については、穴井隆雄所有名義により立木登記がなされているが現実において両者の立木所有区分等が明確でないので一括して行なうことにした。

八、収用の時期については、物件移転に必要とする期間及び事業の施行上の必要性を考慮し、主文記載の時期を相当と認めた。

九、なお、昭和三十八年八月二十八日第九回審理において両当事者の互譲の精神に期待し、事態が円満に解決されることが最善であると考え、収用法第五十条第一項の規定に基づき和解を勧告したのであるが、土地所有者及び関係人の和解勧告拒否のため成立するに至らなかつた。

以上の理由により主文のとおり裁決する。

(当事者の表示等省略)

(別表省略)

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